作戦かいぎ。
「よし、これで全員そろったな」
夜の11時。ガキが塾から帰ってきてすぐに、作戦会議は開かれた。
「あ、そういえば、合い鍵作っといたぞ」
真鍮に光るマンションの鍵がテーブルの上に置かれる。
「ん、ありがと。」
僕の隣に座ってたガキの体は、少し震えているようだった。でもその気持ちが、僕にはとてもよくわかったし、正直羨ましいとすら思ったよ。
「で、だ。まずは情報がもっと必要だ。今回の件で、我がアジトの周辺のことをもっとよく知る必要があると分かった。そして対策を立て、この砦をより強固なものにする」
ふむ。まあいい考えかもしれない。狭い世界で黙々と作業を進めるのも一手だけど、これからのことも考えるとご近所さん相手に実戦経験として訓練しておいた方がはるかに成功する確率があがる…かもしれないしね。まぁ、そのへんはとってつけた理屈であって、単にちょっといろいろやってみたかったっていうのが一番だったんだけどね。しかもそれが三人の原動力になってたから、まぁ、言い訳だね。
「まずは誰が通報したのかを突きとめなくちゃいけないな」
「そう。ならまずはどの範囲まであの音が聞こえたかで対象を絞る必要がある」
「下の階だとあの騒音は聞こえた?」
「聞こえなかったらしいよ」
「聞こえなかった?」
「うん。二人とも。」
「お前一人っ子だったの?」
「え、うん。」
ガキが帰って寝るまでの少しの間、あいつ、どう見ても一人っ子って感じだよな、みたいな話をした。あの夜は楽しくてよくわからないけど嬉しくてちゃんと記憶に刻まれてるんだ。
「しかし…聞こえなかったのか…」
「ここのマンションの壁、結構厚いからね。隣の人の音とか、全然聞こえないでしょ?」
そう、昨日はだいぶ焦っていたし、実際に警察も呼ばれたからかなり動揺したけれど、この壁の厚いマンションだと音は隣の部屋でさえある程度は音が小さくなっていた。つまり、
「実際は、警察を呼ぶほどの音ではなかったと」
僕らも違和感は抱いていた。音が大きかったにしろ、たった一回で通報までされるなんて。普段がうるさいならまだしも、僕らはこの期間お互い作業に没頭してたんだから。
「なら、だいぶ絞れるな。おそらく、このどっちかの隣の部屋の奴だろう。しかもそいつは、かなり、神経質な奴だ。」
か、そういう時期だったのか。
「そこで、だ。俺に一つ案がある。神経質テストだ。」
そう言ってリュックからごそごそと何かのシールを取りだした。黄色いスマイルマークがたくさん並んでいる。
「ガキを使う。この両隣の部屋に行ってピンポンしろ。一回で、いい。それで、出てきたら、『こんにちは』って言いながら、扉を開けている相手の腕にこのシールを張り付けろ。」
「…ばれないように?」
「いや、思いっきりばれていい。ばれるくらいわざとらしく大胆にピッて貼れ。」
「はぁ?それでどうなんの?」
「キレるんだよ」
あいつはドヤ顔を作りながらソファーにふんぞり返った。
どうしたらいいかわからなかった。もっと、普通にいってもいいんじゃないかと思ったけど、あまりの自信ありげな態度に、逆に僕らは黙らざるを得なかった。
「へ…へぇ、でも、僕やりたくないんだけど」
精一杯の抵抗を示したけれど新人にはそんな権力は持ち得ない。
「やれ」
不敵の笑みを浮かべたままあいつはそう宣言した。
「両方ともキレたらどうすんの?」
「それはない。」
「根拠は」
「ない。」
この日はやたらと機嫌が良かった。普段は結構無口で常に何かを考えてるんだけどな。あいつは。
ガキっていうのは、本人が何もしなくっても居るだけでいいものなのかも知れないね。
「実行はガキが休みの土曜日だ。今日はこれで解散。もう疲れたから寝る。」