クロネコと踊る ~2
くたびれ果てて寝室に辿り着いたマチルダのコルセットをメイドが手早く外してくれた。ほおおっと長い息を吐いてマチルダはぐったりと椅子に座り込む。このメイドは侯爵家から着いてきた者なので、安心して疲れた顔を見せられるのだ。
「ただいま、お茶を」
そう言って彼女はカモミールのハーブティーを支度し出した。
「おまえも一緒にお飲みなさいな」
「とんでもない! そんな」
「私にひとりで飲めというの? そんな味気ないことをさせないで」
「恐れ入ります」
彼女は茶葉を足して二人分の茶を淹れ始めた。
当番でないメイドたちは控室に下がり、それこそお茶でも飲みながら愚痴のひとつも言っている頃だ。とくに最近のハードスケジュールでは疲れも溜まっているはず。貧乏くじを引いたこのメイドもねぎらってやりたかった。恐らくアンナローゼならそうしただろう、とマチルダは思っていたし、もちろん彼女自身も愚痴りたかったのだが。
「みんな、戸惑っているのではなくて? エルンハイムとはずいぶんしきたりが違うもの」
「それくらいのことはなんでもありませんが、でもことあるごとに田舎者扱いしてくるのはちょっと…」
「あらまぁ」
「ただの焼き菓子を配るだけで『エルンハイムにはないお菓子でしょ? お口にあうかしら』ですって」
「仕方ないわね『エルンハイムに美味いものなし』なんて不名誉な諺があるくらいですもの」
「悔しいですけど、確かにローエンダイムのお食事は美味しいものばかりです。それでも焼き菓子くらい知ってますわ」
「本当に気位の高い人たちね」
「公爵様ならともかく地方の貴族、ましてやお付きのメイドにまで馬鹿にされたくございません。いえ、私共は構わないんですのよ。でもお嬢様まで馬鹿にされているようで、腹立たしいのです」
細かい嫌がらせがこんなメイドにまで届いているかと思うと先が思いやられる。だが、だからこそ主人である自分が折れてはならないとマチルダは思った。
「苦労をかけるわね」
「ああ、ついこんな愚痴を…でも、今日はとても痛快でしたわ!」
「舞踏会のこと?」
「あれはやはりおかしいですわよね、あんな速いカドリールなんて聞いたことございません」
「そうね、私が躓いたら笑いものにしようとしたんでしょう」
「ざまあ、ですよね! 私ども皆、心の中で喝采してました」
「こらこら、そんなこと他所で言ってはだめよ」
「もちろん申しませんとも。でも、本当に誇らしゅうございました」
「まぁ、そうなの?」
「あの…いままではお嬢様はまだお嫁入りには早いのではと心配していたのですが、今日のお姿を見て確信しました。お嬢様は公爵様の花嫁に相応しいお方だと」
「ありがとう」
マチルダは鷹揚に頷いた。
実際はメイドの方が年上なのだが、彼女らを使う身としては相応の振る舞いをしなくてはいけない。これから一生の間被り続ける仮面を、自分のものにしなくてはならないのだと、彼女は心の中で言い聞かせていた。




