7.彩梅の初診日
春の午後、空は少し曇っている。
小さな白い建物。
玄関の横に小さな看板がある。
「ひかりこころクリニック」
彩梅は入口の前で立ち止まっていた。
手をぎゅっと握っている。
その隣で美桜が言う。
「緊張してる?」
彩梅は少しだけ頷く。
「……ここに来るの」
「うん」
「正しいのか分からない」
美桜は少し笑う。
「病院に正解とかないよ」
彩梅は看板を見る。
精神科。その文字が少し怖い。
美桜が言う。
「風邪ひいたら内科行くでしょ」
「……」
「それと同じ」
彩梅は少し考える。
「……でも」
小さく言う。
「弱い人が来る場所だと思ってた」
美桜は首を振る。
「違うよ」
「?」
「弱い人は」
少し笑う。
「来れない」
彩梅は驚いて美桜を見る。
美桜はドアを開けた。
「行こ」
待合室は静かだった。
テレビもついていない。
観葉植物が置かれている。
受付で名前を書く。彩梅は少し迷ってから書く。
五条 彩梅
受付の人が優しく言う。
「初診ですね」
「はい」
「問診票を書いてください」
紙を渡される。
彩梅は椅子に座る。
ペンを持つ。
質問が並んでいる。
•最近眠れていますか
•気分が落ち込むことはありますか
•食欲はありますか
彩梅は一つずつ丸をつける。
途中で手が止まる。
「つらいと感じることはありますか」
彩梅は少し考える。
そして丸をつける。
「よくある」
美桜は隣で雑誌をめくっている。
ふと顔を上げる。
「書けた?」
「……うん」
少しして名前が呼ばれる。
「五条さん」
彩梅は立ち上がる。
美桜が軽く手を振る。
「いってらっしゃい」
彩梅は小さく頷いた。
診察室。
窓から春の光が入っている。
医師は問診票を見ながら言う。
「五条さん」
「はい」
「最近つらいと感じることが増えた、と書かれていますね」
彩梅は小さく頷く。
医師は少し考えてから言う。
「最近、環境の変化はありましたか」
彩梅は少し考える。
「……友達ができました」
医師は微笑む。
「それは良い変化ですね」
少し沈黙。
医師がゆっくり聞く。
「坂元さん、という方をご存じですか」
彩梅は驚いて顔を上げる。
「……美桜?」
医師は静かに頷く。
「はい」
彩梅の目が揺れる。
「どうして」
医師は穏やかに言う。
「坂元さんは以前からここに通っています」
彩梅は黙る。
やっぱり。あの日見た光景。
医師は続ける。
「雑談の中で」
「……」
「近くの高校に、とても頑張りすぎている子がいる」
彩梅の胸が少し締め付けられる。
医師は言う。
「その子が心配だと」
彩梅の目が少し大きくなる。
「……それ」
「はい」
医師は優しく言う。
「あなたのことだと思います」
彩梅は言葉を失う。
医師は続ける。
「坂元さんは」
少し笑う。
「とても優しい人ですね」
彩梅は俯く。
胸の奥が少し熱い。
医師は言う。
「一人で頑張る必要はありません」
静かな声。
「頼れる人がいるのは、とても良いことです」
彩梅は小さく頷いた。
診察が終わる。
彩梅が出てくる。
美桜が顔を上げる。
「どうだった?」
彩梅は少し考える。
「……普通だった」
「普通?」
「怒られなかった」
美桜が笑う。
「怒る医者いたら怖いよ」
彩梅は小さく笑う。
「……うん」
やっぱり、美桜は優しいと感じた。
二人はクリニックを出る。
春の風が吹く。
彩梅は少しだけ軽くなっていた。
二人は並んで歩き出す。
何も言わないまま。
でも、少しだけ距離が近かった。




