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6.美桜と彩梅の本音

夜、神社の境内。

春の冷たい風が静かに吹いている。

彩梅はベンチに座ったまま、俯いていた。

涙はもう止まりかけている。

けれど胸の奥がまだ痛い。

その時。砂利を踏む音がした。

「……いた」

彩梅は顔を上げる。

石段の下に、美桜が立っていた。

息が少し上がっている。

「こんなとこにいたんだ」

彩梅は慌てて目元を拭いた。

「……どうして」

「どうしてって」

美桜は肩で息をしながら笑う。

「彩梅ちゃんが急に帰ったから」

少し間。

「気になった」

彩梅は視線をそらす。

「別に」

声が固い。

「放っておいてよ」

美桜はベンチの横に座る。

「うん」

あっさり言う。

「でも放っておけなかった」

彩梅は何も言えない。

夜風が通り抜ける。

少し沈黙。

美桜が空を見る。

「ここさ」

「?」

「星きれいだね」

彩梅もつられて空を見る。

確かに星が出ている。静かな夜。

美桜がぽつりと言う。

「私もさ」

彩梅を見る。

「泣く場所あったよ」

彩梅の目が揺れる。

「高校の裏の公園」

美桜は少し笑う。

「ブランコしかないんだけど」

「……」

「そこでよく泣いてた」

彩梅は黙ったまま。

美桜は続ける。

「家では泣けないし、学校でも泣けないし」

軽い声で言う。

彩梅の指が少し震える。

美桜がふっと笑う。

「だから」

「だから」

「?」

「人ってさ」

夜空を見ながら言う。

「泣く場所が必要なんだと思う」

彩梅の目からまた涙がこぼれた。

慌てて顔を背ける。

「……見ないで」

声が震えている。

美桜は優しく言う。

「うん」

「見ない」

本当に視線を外す。

少し間。彩梅が小さく言う。

「私」

声がかすれる。

「ずっと」

言葉が詰まる。

「……」

「大丈夫って」

「……」

「思ってた」

涙が落ちる。

「ちゃんとやれてるって」

美桜は何も言わない。

ただ聞いている。

彩梅の声が震える。

「でも」

「……」

「最近」

息を吸う。

「苦しい」

その言葉を言った瞬間。

彩梅の肩が震えた。

まるで

何年も閉じ込めていたものが

外に出たみたいだった。

美桜は静かに言う。

「うん」

「苦しいよね」

彩梅は泣きながら笑う。

「なんでそんな普通に言うの」

美桜は少し笑う。

「だって」

小さく肩をすくめる。

「私も苦しいから」

彩梅は驚いて顔を上げる。

美桜は空を見ている。

その横顔はいつものヘラヘラした笑顔じゃなかった。

少しだけ寂しそうだった。

「ねえ彩梅ちゃん」

「……」

「明日さ」

「?」

美桜が言う。

「またご飯作ってあげる」

彩梅が小さく笑う。

涙を拭きながら言う。

「……あれ」

「?」

「まずかった」

美桜が吹き出す。

「えー!」

彩梅は泣きながら笑った。

その夜、初めて。

彩梅は誰かの前で少しだけ弱くなれた。


神社を出ると、夜の空気はひんやりしていた。

田舎の道は静かだ。

街灯がぽつぽつと並んでいる。

彩梅と美桜は並んで歩いていた。

しばらく何も話さない。

砂利道を歩く音だけがする。

彩梅がぽつりと言う。

「……恥ずかしい」

美桜が振り向く。

「何が?」

「さっき」

彩梅は前を向いたまま言う。

「泣いたこと」

美桜は少し笑う。

「人って泣くんだよ」

「……知ってる」

「じゃあいいじゃん」

彩梅は小さく息を吐く。

少しだけ肩の力が抜けている。

しばらく歩く。

すると美桜が言う。

「そういえば」

「?」

「彩梅ちゃん料理できないんだよね」

彩梅はすぐに言う。

「できる」

「嘘」

「できる」

「卵焼き焦がしてた」

彩梅はむっとする。

「火力が強かっただけ」

美桜は笑う。

「鍋も焦げてたよ」

彩梅は黙る。

少し間。

小さく言う。

「……料理は苦手」

美桜は満足そうに笑う。

「よし」

「?」

「今度教えてあげる」

彩梅は驚く。

「料理?」

「うん」

「必要ない」

「必要ある」

美桜は指を立てる。

「一人暮らししたら困る」

彩梅は少し首を傾げる。

「……一人暮らし」

その言葉を考える。

自分の未来を想像したことがあまりない。

美桜が続ける。

「まあ」

「?」

「私も最近まともに作ってないけど」

「え?」

美桜は苦笑する。

「受験のときコンビニばっか」

彩梅は少し驚く。

「受験」

「うん」

一瞬。

美桜の表情が曇る。

でもすぐ笑う。

「まあ終わったし」

彩梅は何も言わない。

少し前のことを思い出している。

精神科クリニックの前。白い建物。

そこから出てきた美桜。あのときの表情。

いつもの笑顔じゃなかった。

彩梅は歩きながら聞く。

「……美桜」

「ん?」

「ここに来る前」

「?」

「何してたの」

美桜は少し驚く。

でもすぐ軽く言う。

「いろいろ」

「いろいろ?」

「うん」

少し笑う。

「人生迷子してた」

彩梅は黙る。

でもそれ以上は聞かなかった。

夜風が吹く。

五条家の屋敷の門が見えてくる。

美桜が立ち止まる。

「じゃあ」

「うん」

「今日はありがと」

彩梅が少し驚く。

「何が」

「付き合ってくれて」

彩梅は首を振る。

「……違う」

「?」

「付き合ってくれたのは」

小さく言う。

「美桜」

美桜は少し目を丸くする。

それから優しく笑う。

「じゃあ」

「?」

「おあいこだね」

彩梅は小さくうなずいた。

その夜。

彩梅は久しぶりに

少しだけ

安心して眠れた。

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