3.沈む
夜、志乃の家。
窓の外には、まだ少し雪が残っている。
坂元美桜は布団の上で座っていた。
今日は珍しく、笑っていない。
手のひらを見ている。
指先が少し震えている。
「……泣くんだ」
ぽつりと呟く。
彩梅の顔を思い出す。
驚いた顔。子供みたいな涙。
美桜は小さく笑う。
「いいな」
言ったあと、少し黙る。
電気を消す。暗い天井を見上げる。
そして、思い出す。
体育館、三月一日。卒業式。拍手の音。
「卒業おめでとうございます」
担任の声。
クラスメイトは泣いている。
美桜は笑っていた。
隣の友達が言う。
「美桜って泣かないよね」
美桜は肩をすくめる。
「涙枯れた」
冗談みたいに言う。
でも本当だった。
家、夜。
机の上に紙がある。大学の合否。
「不合格」
父が紙を見る。
「は?」
短い声。
母「え?」
沈黙。
父が机を叩く。
「なんで落ちる」
美桜は笑う。
「まぁ、ちょっと足りなかった」
父「ふざけるな」
母「塾だって行かせたのに」
父「何やってた」
母「本当に勉強してたの?」
言葉が続く。続く。続く。
美桜はずっと笑っていた。
その顔が
余計に父を怒らせた。
「その顔やめろ」
父「反省してるのか」
美桜「してるよ」
父「嘘つくな」
沈黙。
母「浪人する?」
美桜は答えない。
父「金の無駄だ」
その言葉で、
何かが静かに切れた。
美桜は立ち上がる。
「寝るね」
父は何も言わない。
母も何も言わない。
階段を上がる。自分の部屋。ドアを閉める。
机の上に、受験票がある。参考書がある。赤ペンがある。
全部、急に意味がなくなった。
美桜は座る。
そして、ふっと思う。
「疲れた」
声に出る。それだけだった。泣かなかった。
ただ、疲れた。そう思った。
夜。
冷たい空気。水の音。
美桜はぼんやりしていた。
怖いとも思わなかった。悲しいとも思わなかった。
ただ静かだった。
水の中。息が苦しくなる。
そのとき初めて思う。
「やばい」
遅かった。
誰かの声。
「美桜!」
水の音。
腕を掴まれる。世界が揺れる。
救急車。白い光。サイレン。
そして、病院の天井。
医者が言う。
「助かりました」
母が泣いていた。
父は黙っていた。
美桜は思う。
「なんだ、生きてる」
少し笑う。
「失敗した」
現在、美桜は天井を見る。暗い部屋。
小さく笑う。
「彩梅」
呟く。
「あんなに頑張って、壊れないといいけど」
布団に潜る。そして目を閉じる。
静かな北陸の夜。
遠くで雪が落ちる音がした。
同じ夜、五条家の屋敷の宗一郎の寝室。
宗一郎は彩梅と美桜のやり取りを思い出す。
そして、過去の記憶に飛ぶ。
50年前、宗一郎が20代前半の頃。
五条家の工房。
宗一郎の父(先代)が言う。
「家を守れ」
宗一郎は言う。
「人はどうなる」
宗一郎の父「家が残れば人は残る」
宗一郎は反論できない。
そして数年後、経済不況。職人が辞める。家が傾く。
宗一郎が必死に立て直す。
ここで宗一郎は強く思う。
「人より家」




