表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

2.彩梅の弱点

数日後。

美桜はすっかり店に慣れていた。

掃除。商品の包装。接客。

そして、宗一郎の厳しい視線。

「坂元」

「はい」

「それは左だ」

「すみません」

最初は怖かったが、今は少し分かる。

宗一郎は怒鳴らない。ただ、妥協しない。

昼過ぎ。彩梅が学校から帰ってくる。

「おかえり」

美桜が言う。

「ただいま」

彩梅は鞄を置く。

美桜は気づく。

彩梅はいつも同じだ。

姿勢。表情。声。

全部、整っている。

「ねえ彩梅」

「うん」

「何か苦手なものある?」

彩梅は少し考える。

「ない」

即答。

美桜は笑う。

「絶対あるでしょ」

「ない」

宗一郎が言う。

「ある」

二人が振り向く。

宗一郎は淡々と言う。

「料理」

美桜が目を丸くする。

「え」

彩梅は黙る。

宗一郎が続ける。

「壊滅的だ」

美桜が吹き出す。

「想像できない」

彩梅は少し不満そうだ。

「普通」

宗一郎が言う。

「普通じゃない」

美桜が言う。

「作ったことあるの?」

彩梅はうなずく。

「味噌汁」

「どうなったの?」

少し沈黙。

彩梅が言う。

「黒くなった」

美桜が爆笑する。

「味噌汁って黒くなる!?」

彩梅は真顔だ。

宗一郎が言う。

「鍋を焦がした」

美桜はお腹を抱える。

「すごい」

彩梅は少しむっとする。

「坂元さん」

「美桜でいいって」

「美桜さん」

「うん」

彩梅は言う。

「そんなに料理得意?」

美桜は肩をすくめる。

「まあね」

「家庭の事情で」

その一言に、少し影が落ちる。

彩梅は気づかない。

美桜はすぐ笑う。

「今度作ってあげるよ」

彩梅は言う。

「いらない」

「え」

「自分でできる」

宗一郎が言う。

「できない」

美桜が笑う。

「じゃあ勝負しよう」

彩梅が首をかしげる。

「何の」

「料理」

少し沈黙。

彩梅は言う。

「いい」

宗一郎が言う。

「店でやるな」

五条家の台所を使うことになった。


五条家の台所は広かった。

古い木の棚。

銅の鍋。

そして、棚の上には五条家の工芸の器が並んでいる。

美桜は腕まくりをしていた。

「よし」

「今日は料理対決」

彩梅は真顔だ。

「対決の必要はない」

「あるある」

美桜は包丁を手に取る。

「私は卵焼き」

「彩梅は味噌汁」

彩梅はうなずく。

「簡単」

美桜は少し笑う。

「それ前も言ってたよね」

宗一郎が奥から言う。

「鍋を焦がした」

彩梅は黙る。

美桜はボールに卵を入れてかき混ぜる。

慣れた手つき。

一方、彩梅。

包丁の持ち方が少し変だ。

美桜が止まる。

「待って」

「その持ち方怖い」

彩梅は真剣だ。

「問題ない」

十五分後。

味噌汁は出来上がった。

美桜の卵焼きは綺麗な黄色。

「はい完成」

彩梅も鍋を持つ。

だが、

色が違う。

「……」

「……」

黒い。

美桜が覗く。

「え」

「また?」

彩梅は言う。

「普通に作った」

美桜は笑いをこらえる。

「味見する?」

彩梅はうなずく。

二人で一口。

沈黙。

美桜は言う。

「すごい」

「味噌汁で初めての味」

彩梅は眉を少しだけ寄せる。

「どういう意味」

「焦げの芸術」

彩梅は言う。

「おかしい」

美桜は笑う。

「別にいいじゃん」

その言葉に、

彩梅の手が止まる。


台所が静かになる。

彩梅が言う。

「よくない」

美桜

「え?」

彩梅は言う。

「私は」

「できないといけない」

美桜は首をかしげる。

「料理くらいできなくても死なないよ」

彩梅は首を振る。

「違う。五条の人間は全部できないといけない」

「誰が決めたの?」

彩梅は答えようとして、

止まる。

誰が決めた?祖父?母?家?それとも最初から?

沈黙。

彩梅の目に涙が溜まる。

本人が一番驚いている。

「あれ……」

涙が落ちる。

「なんで……」

美桜が焦る。

「え、ちょっと。待って」

彩梅は自分の顔を触る。

「私……泣いてる」

声が震える。

美桜は困る。

「いや、料理で泣く人初めて見た」

彩梅は涙を拭く。

でも止まらない。

「私、頑張らないと。でも」

言葉が続かない。

美桜は少し考える。

そして言う。

「頑張らなくてもいいよ」

彩梅は首を振る。

「それは…無理」

沈黙。

美桜が小さく言う。

「私、頑張れなくなったことある」

彩梅が顔を上げる。 

美桜は笑う。

でも少しだけ影がある。

「受験ね、ダメだったんだよ」

彩梅

「知ってる」

美桜は続ける。

「家、ちょっとさ空気悪くて」

軽く言う。

「父と母、仲悪いし。父は無関心だし。母は干渉すごいし」

笑う。

「まあ色々あってさ」

少し沈黙。

「ある日、頑張るのやめた」

彩梅

「どうなったの」

美桜は天井を見る。

「沈んだ。めちゃくちゃ沈んだ。一回ね」

沈黙。

彩梅は何も言えない。

美桜は肩をすくめる。

「だからさ」

「頑張りすぎる人見ると、ちょっと心配になる」

彩梅は言う。

「私は、大丈夫」

美桜は笑う。

「そういう人が一番危ない」


その夜、工房。

宗一郎は金属を打っていた。

カン。カン。

一定の音。

台所から声が聞こえる。

笑い声。泣き声。沈黙。

宗一郎は手を止めない。

弟子が聞く。

「お孫さんですか」

宗一郎は言う。

「そうだ」

弟子

「友達?」

宗一郎は少し考える。

「分からん」

カン。カン。

そして言う。

「だが、彩梅は初めて人と話している」

弟子が驚く。

宗一郎は続ける。

「人はな、道具と同じだ。叩かれすぎれば割れる。叩かなければ形にならん」

カン。

「だが、叩く役は一人でいい」

宗一郎は窓を見る。

台所の灯り。

「救う役は別にいる」

そしてまた、

金属を打ち始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ