小話⑤「跡取り」
冬の工房。
外では雪が降っている。
宗一郎は蒔絵をしていた。
その横で、彩梅が作業している。
大学一年の冬。
まだ弟子入りして半年ほど。
彩梅は小さな椀に蒔絵を描いていた。
筆先が震える。
宗一郎が言う。
「遅い」
「……すみません」
「遅い奴は職人になれん」
彩梅は何も言わない。
ただ黙って描き続ける。
しばらくして。
宗一郎が彩梅の椀を見る。
そして言う。
「下手だな」
彩梅は小さく頷く。
「はい」
「売り物にならん」
「はい」
沈黙。
宗一郎が聞く。
「やめるか」
彩梅は少し考える。
でもすぐ言う。
「やめません」
「どうしてだ」
彩梅は答える。
「まだ」
「できると思うからです」
宗一郎はじっと見る。
彩梅は続ける。
「逃げるのは簡単です」
少し間。
「でも」
「逃げないって決めたので」
宗一郎は何も言わない。
雪の音だけがする。
しばらくして。
宗一郎は筆を置く。
そして言う。
「彩梅」
「はい」
「お前」
少し間。
「五条を継げ」
彩梅の手が止まる。
「……え?」
宗一郎は淡々と言う。
「技術はこれからだ」
「経営もまだだ」
「人間としても未熟だ」
彩梅は黙って聞く。
宗一郎が続ける。
「だが」
「逃げなかった」
静かな声。
「それで十分だ」
彩梅の目に涙が溜まる。
宗一郎は背を向ける。
「泣くな」
「……はい」
宗一郎は言う。
「職人は」
少し間。
「泣きながらでも続ける奴が一番強い」
彩梅は小さく頷く。
「はい」
雪は静かに降り続いていた。
その日、五条家の跡取りが決まった。




