小話③「美桜のバイトの裏側と志乃が引き取った理由」
五条家の店。
宗一郎が帳簿を見ている。
志乃が言う。
「一人、アルバイトをお願いできませんか?」
宗一郎は顔も上げない。
「誰だ」
「親戚の子、いとこの娘なの。事情があってね」
宗一郎は少し考える。
「働く気はあるのか、年はいくつだ?」
志乃は答える。
「あります。むしろ働かせた方がいい子です。年齢は18で先日高校を卒業したばっかりの子」
宗一郎は小さく言う。
「死にかけた顔か」
志乃は驚く。
「どうして分かるんです?」
宗一郎は言う。
「何人も見てきた」
少し沈黙。
「連れてこい」
春、志乃の家。
居間でお茶を飲んでいる。
宗一郎が来ている。
美桜が働き始めて少し経った頃。
宗一郎が聞く。
「志乃」
「どうしてあの娘を引き取った」
志乃は湯のみを持ったまま言う。
「親戚だから」
宗一郎は言う。
「それだけじゃない」
志乃は少し笑う。
「宗一郎、昔から鋭いね」
少し沈黙。
志乃は窓の外を見る。
田んぼが広がっている。
「昔ね、私も家を出たかったことがある」
宗一郎は黙って聞く。
志乃は言う。
「うち、農家だったでしょ。女は嫁に行くもの。大学も反対された」
宗一郎は少し驚く。
志乃は笑う。
「結局行かなかったけどね」
少し間。
「でも一回だけ、本気で逃げようとしたことがある」
「逃げたのか」
志乃は首を振る。
「やめた」
「怖くなって」
静かな声。
「でもね」
「今でも思うことあるの」
宗一郎は黙っている。
志乃は言う。
「もしあのとき逃げてたら、違う人生だったのかなって」
沈黙。
志乃が続ける。
「美桜を見たとき、昔の自分みたいだと思った」
宗一郎は言う。
「似てない」
志乃は笑う。
「似てるよ」
「限界なのに笑ってるところ」
宗一郎は少し目を細める。
志乃は言う。
「だから思ったの、この子が逃げる場所くらい。一つあってもいいんじゃないかなって」
宗一郎は小さく言う。
「甘いな」
志乃は笑う。
「うん、でも逃げ場所がある人は…」
少し間。
「ちゃんと戻ってこれることもあるの」
宗一郎は黙る。
少しして言う。
「志乃、お前昔から変わらんな」
「そう?」
「変な奴だ」
志乃は笑う。
「宗一郎に言われたくない」
外では夕日が沈みかけていた。
そしてその家で。
美桜は初めて
安心して眠れる夜を過ごしていた。




