小話①「美桜が北陸に向かうまで」
白い天井。
美桜はぼんやりと目を開けた。
知らない病室。
腕には点滴。
喉がひどく乾いていた。
「……ここ」
声がかすれる。
カーテンが揺れる。
看護師が気づく。
「目が覚めました?」
美桜はゆっくり頷く。
「ここは…?」
「病院ですよ」
優しい声だった。
「救急搬送されたんです」
その言葉で、少しずつ思い出す。
夜。卒業式。家。両親の声。
胸が少し苦しくなる。
看護師が言う。
「あとで先生来ますからね」
少しして医師が来る。
白衣の男性。
カルテを見ながら言う。
「身体は大丈夫そうですね」
「命に別状はありません」
美桜はぼんやり頷く。
沈黙。
医師が少し声を柔らかくする。
「精神科の先生にも診てもらっていいですか?」
美桜は少し驚く。
「精神科…?」
「はい」
「今回のこともありますし」
「院内で相談できるので」
美桜は少し迷う。
でも。小さく頷いた。
「…はい」
午後。
別の医師が来る。
穏やかな声の女性だった。
「精神科の者です」
椅子を引いて座る。
「少しお話いいですか?」
美桜は静かに頷く。
医師はゆっくり聞く。
「どうして、川に飛び込んだのですか?」
沈黙。
美桜は視線を落とす。
「……大学、落ちました」
医師は何も言わず待つ。
美桜が続ける。
「家、ずっと…」
言葉が詰まる。
「苦しくて」
「ちょっと、休みたかっただけなんです」
小さく笑う。
「消えたら、楽になるかなって」
医師は静かに言う。
「今はどうですか」
美桜は考える。
「……」
少しして答える。
「まだ、消えたいです」
正直な言葉だった。
医師は驚かない。
ただ頷く。
「そうですか」
少し間を置く。
「でも、こうして話してくれてますね」
美桜は少しだけ困った顔をする。
医師は言う。
「退院したあと、通える精神科を紹介します。すぐ治す必要はありません。まず、生きる練習です」
美桜は少し笑う。
「生きる練習」
「変な言葉ですね」
医師も少し笑う。
「でも必要なんです」
退院の日。
医師が封筒を差し出す。
「紹介状です」
「北陸のクリニック、信頼できる先生ですよ。ご親戚のもとで休んでくださいね」
美桜は封筒を見る。
少し不思議そうに言う。
「私…治りますか?」
医師は少し考える。
そして言う。
「治るというより」
「生き方が見つかるかもしれません」
美桜は封筒を受け取る。
そのときはまだ知らなかった。
この紙が。
彩梅と出会う町につながっていることを。




