12.最終話
夜、祭りのあと。
美桜は静かな住宅街を歩いていた。
懐かしい家の前で立ち止まる。
インターホンを押す。
「……はい?」
懐かしい声。
「志乃さん、私です」
一瞬の沈黙。
ドアが勢いよく開いた。
「美桜ちゃん!」
志乃が目を見開く。
「帰ってきたの!?」
美桜は少し照れたように笑う。
「仕事で、ですけど」
志乃の目が少し潤む。
「元気そうでよかった…」
「ほんとに…」
美桜は家に上がる。
五年前と同じ匂い。同じリビング。
まるで時間が戻ったみたいだった。
お茶を飲みながら志乃が聞く。
「実家は…どう?」
美桜は少し考える。
「相変わらずです」
苦笑する。
志乃は静かに言う。
「五年前、大変だったものね」
その言葉で美桜の頭にあの日の光景がよみがえる。
実家のリビング。
父の声が響く。
「観光?地方?そんな仕事で食べていけるわけないだろ」
母もため息をつく。
「どうして普通の大学に行かなかったの」
美桜は震えていた。
「……私」
声がうまく出ない。
「私、もう」
涙がこぼれる。
「死にたくないんです」
両親が黙る。
美桜は続ける。
「今までずっと、死にたいと思ってました」
「でも…」
「ここで出会った人たちが」
彩梅の顔。宗一郎の言葉。志乃の笑顔。
「生きていいって言ってくれた」
父は不機嫌そうに言う。
「だから?」
「好きなことして生きるって?」
美桜は震えながら言う。
「はい」
「それでもいいから、生きたいです」
沈黙。
母が小さく言う。
「……理解できない」
父も言う。
「好きにすればいい」
冷たい声。
「ただし責任は自分で取れ」
美桜は涙を拭く。
「はい」
それでも――
初めて、自分で選んだ瞬間だった。
志乃が静かに言う。
「よく頑張ったね」
美桜は少し笑う。
「半分は勢いでした」
「でも」
窓の外の夜を見ながら言う。
「逃げなかったのは、この町のおかげです」
翌日、店の前。
宗一郎が掃除をしている。
美桜が近づく。
宗一郎は気づく。
一瞬、目を見開く。
「……久しぶりだな」
美桜が笑う。
「お久しぶりです」
宗一郎は少しだけ笑う。
「生きてる顔してる」
その一言で
美桜の胸が熱くなる。
「はい」
「ちゃんと生きてます」
宗一郎は頷く。
「それでいい」
そして少しだけ冗談っぽく言う。
「彩梅が店継ぐらしいぞ」
宗一郎は肩をすくめる。
「お前の影響もあるかもな」
美桜は少し笑う。
「それは光栄です」
小さな精神科クリニック。
受付の女性が言う。
「先生、美桜さん来てます」
診察室のドアが開く。
医師が顔を出す。
「……おや」
目を細める。
「久しぶりですね」
美桜は少し緊張しながら笑う。
「お久しぶりです」
医師は椅子に座るよう促す。
「今日はどうしました?」
美桜は答える。
「観光会社でこの町の担当になりました」
医師は驚く。
「それはすごい」
少し間を置いて聞く。
「今はどうですか?」
美桜は考える。
そして言う。
「たまに苦しくなることはあります」
「でも」
静かに笑う。
「前みたいに死にたいとは思わないです」
医師は頷く。
「それは大きな変化ですね」
カルテを閉じる。
「あなたはちゃんと回復しています」
美桜は少し涙ぐむ。
「先生のおかげです」
医師は首を振る。
「違います。あなたが生きることを選んだからです」
夜、五条のお店がある商店街。
赤ちょうちんが並ぶ居酒屋。
美桜と彩梅は同じテーブルについていた。
「5年ぶりの再会に乾杯!!」
美桜と彩梅は笑いあっていた。
美桜はヘラヘラとした笑みではなく心から楽しむ笑い。
彩梅も、無表情だったとは思えないハツラツとした笑みを浮かべている。
美桜は言う。
「彩梅ちゃん」
「うん?」
「ちゃんと生きてるね、私たち」
その言葉に彩梅は笑う。
帰り道、街灯に照らされて二人は並んで立っていた。
もう昔の少女ではなく。
それぞれの人生を歩く大人として。




