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婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした。後悔しても、もう遅い~  作者: 新川さとし


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第10話 最良の選択

 王宮・大評議室。


 この場に集う顔ぶれを見ただけで、今日が「ただの会合」ではないことは誰の目にも明らかだった。


 王族、重臣、各公・侯爵家当主。


 そして、その中央に立つ、重厚な雰囲気をまとった一人の侯爵。


 ヘルマン侯爵は、深く刻まれた皺の奥から、静かな光を宿した目で前を見据えていた。


「本日は、私ヘルマンより、正式な表明を行う」


 低く、しかしよく通る声。


 私――クリスティーヌは、隣に立つノエルの手が、わずかに強張ったのを感じ取った。


 彼は平静を装っている。

 けれど、その指先は、正直だった。


「我が娘のことも相まって、長年、我が家の後継については白紙としてきた。しかし」


 侯爵は、評議室を一巡するように視線を走らせた。


「このたび、決断した」


 評議室に、息を呑む気配が広がる。


「ノエル・ヴァルディスを、ヘルマン家の婿養子として迎え、次代当主とする」


 どよめきが起こった。


 それは驚きであり、納得であり、そして――確認だった。


 王族席の方から、王がゆっくりと頷く。


「異議はない。むしろ、我が王家としても、全面的に支持する」


 決定的な一言だった。


 侯爵家の継承に、王家の後押し。

 それは、単なる縁組ではない。


 “国家としての承認”だ。


 私は、ノエルの方を見た。

 彼は驚いたように目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。


 ――信じられない、という顔。


 侯爵は続ける。


「ノエル殿は、社交において万能ではない。顔と名前を即座に覚えることは得意ではないだろう」


 ざわり、と視線が動いた。


 だが、侯爵は一切怯まない。


「だが彼は、人の価値を“表面”で測らない。領地を見、民を見、制度を見ている」


 重臣たちの表情が変わる。


「提示された政策は、すべて検証され、成果を上げている。数字が証明し、現場が証明した」


 侯爵は、はっきりと断じた。


「欠陥などではない。――それを欠陥と断じ、切り捨ててきた我々の目こそが、間違っていたのだ」


 侯爵のその言葉が、長年ノエルを縛り付けていた呪いを解く、聖なる呪文のように響いた。


 ノエルの瞳に、じわりと涙が滲む。彼は隣に立つ私の手を、壊れ物を扱うような優しさで、けれど決して離さないという意志を込めて握りしめた。


 その時、ひび割れた声が聞こえた。


「……そんな、馬鹿な」


 第二王子、シャルルだった。


 彼は立ち上がり、声を荒げる。


「顔も覚えられない男が、侯爵家当主? 国を導く? そんな前例は――!」

「前例がないのは、無能だからではない」


 淡々と、王が遮った。


「今までは“選ばれなかった”だけだ」


 冷たい沈黙。


 王は、シャルルを見下ろす。


「お前は、何を見てきた?」


 王は静かに続けた。


「いや、違うな。お前は誰も見てこなかったのだ」


 全員の目は、王と、そしてシャルルへと注がれた。


「臣下も、民も、伴侶すらも。見ていたのは――常に、自分が上に立っているという幻想だけだ」


 返答はない。


「お前が見てきたのは、民か? 制度か? それとも数字か?」


 王の問いは、刃のようにシャルルの虚栄心を切り裂いた。彼は俯くことしかできなかった。


「答えられぬか。当然だな。お前が見ていたのは、常に鏡に映る『王子である己』だけだったのだからな」


 シャルルの顔が、みるみる青ざめていく。


 その背後で、ロザリンドは立ち尽くしていた。


 彼女は、何も言わない。

 慰める言葉も、抗議の言葉も持てないからだ。


 たとえ、シャルルが絶望に膝をつきそうになっても、ロザリンドはただ、自分まで巻き込まれるのを恐れるように一歩身を引いただけだった。


 支え合うことなど知らない、ただ「選ばれること」だけを望んだ女の、それが限界だった。


 ただ、視線を彷徨わせることだけ。


 ――彼が「隣に立つ人」として選んだ相手の現実だった。


 静かな空気を経て、ヘルマン侯爵が、最後に言った。


「私は、未来を託すに足る男を選んだ。そして……」


 温かな視線が、私に向けられた。


「彼を支え、共に考え、共に歩いてきたのが、クリスティーヌだ」


 胸が、熱くなる。


「この二人は、互いを補い合う。支配ではなく、信頼で。命令ではなく、対話で」


 侯爵は、断言した。


「まさに最良の関係。これ以上など…… ない」


 それは、公式な評価だった。

 公の場で、誰の目にも明らかな形で下された結論。


 シャルルは、何も言えなかった。ただ、心の中で問うている。


「なぜ、オレじゃない」


 その問いに、もう答えがあることを、シャルルは理解していた。


 だが、それを言葉にした瞬間、王子としての自分は、完全に終わる。


 だから彼は、最後まで答えを口にできなかった。


 それこそが、ノエルと決定的に違う点だとも知らずに。


・・・・・・・・・


 エルが、フワッとした笑顔を見せてくれる中、王は、シャルル様が政務の第一線から外されることをお告げになった。


 名目は“再教育”。


 辺境の小さな王領を与えられ、民のために尽くすこと。


 それがシャルル様に与えられた役割だ。


 だが誰もが理解していた。

 それが、事実上の失脚であることを。


 王は、彼を…… いや「彼と彼が選んだ人」を見放したのだ。


 評議が終わり、人々が去っていく中。


 私は、そっとエルの袖を引いた。


「エル」


 彼は、まだ少し呆然としている。


「僕で、良かったのかな」


 私は、迷わず答えた。


「いいえ」


 彼が息を詰める。


「あなたじゃなきゃだめだったんです。……私の『解答(アンサー)』は、ずっと前から決まっていました」


 エルはゆっくりと微笑んだ。


 それは、重い鎧を脱ぎ捨てたような、眩しいほどに清らかな笑顔。


「……ああ。ありがとう、クリス。これからも、侯爵としてだけではなく、君の夫として、みんなを幸せにすることに全力を尽くすよ。そしてね」

「そして?」

「幸せになる、最初の一人は、いつも君でいてもらえるように、頑張るさ」


 公式の場であることも忘れ、彼は私の指先に誓いの口づけを落とした。


「エルってば」


 その熱は、失脚していく第二王子の背中とは対照的に、どこまでも温かく、未来を照らしていた。


 エルは、ゆっくりと微笑んだ。


 それは、初めて見るような――肩の力が完全に抜けた笑顔だった。


 この国は、正しい選択をした。

 そして、私たちも。


 残るは、ただ一つ。

 この選択の先にある、未来を歩くだけだ。


 ――最終話へ。

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