100歳の赤ちゃん
フレーフトには、町のすべての住民が一度は見たことがある奇妙な存在がいる。
男の子の名はサミュエル。町の広場を右に行った路地を抜けた先にある古びた家に住んでおり、誰もがあの子を「100歳の赤ちゃん」と呼んでいた。
サミュエルは、身体は年齢を感じさせないほど小さく、顔立ちも赤子のそれそのものであった。
しかし、誰もが知っている通り、彼はすでに100年を生きていた。
100歳の赤ちゃん。
その矛盾した名前は、町の人々にとって常に謎であり、同時に何とも不気味なものだった。
サミュエルは、年齢のわりに一度も言葉を発することがない。
彼はただ、座って、時々小さな笑顔を浮かべ、町の微細なことを眺めている。
彼が生まれてから、どんな奇跡があったのか、誰にも分からない。
町の人々は、彼がただの呪いだと囁き合っていた。
だがひとりだけ、サミュエルに興味を持っていた人物がいた。
それは、つい最近フレーフトの町に越してきた女性、エリナだった。
エリナは、大学で心理学を学んだ精神分析学者であり、町の人々がその存在を気に留めることさえなかったとき、彼女はサミュエルに注目していた。
「彼はただの赤ちゃんではない。何かがある。何か深い謎が隠されている」
エリナはそう確信していた。
町の人々は皆、サミュエルを放っておき、彼の存在をただ受け入れていたが、エリナだけは違った。
彼女はサミュエルの家に通い詰め、その目の前で何時間も観察を続けた。
それが月日を重ねるうちに、彼女はある結論に辿り着く。
サミュエルは、年齢を重ねることができないのではない。
彼の身体は時間の流れを拒否し、心は無限に幼児のままであり続けているだけだ。
すなわち、彼は「成長の呪い」にかけられている――心も体も、決して進化しない呪いだ。
サミュエルは、ある瞬間に立ち止まってしまったのだ。
その瞬間をエリナは、かろうじて理論で解き明かした。
その呪いを解く方法は、ただひとつ。
「時間」を与えること。
ある晩、エリナはサミュエルにそっと耳打ちした。
「もしあなたが、再び成長したいと思うなら、私はそれを手伝えるかもしれない」
だがその瞬間、サミュエルは彼女の目をじっと見つめた。
その目はまさに、恐怖に怯えた瞳。
エリナは言葉を失った。
それは単なる好奇心や知的欲求からではなく、もっと深い部分での問いかけだったのだろう。
「なぜ? なぜ成長しなくてはいけない?」
あの子の問いにエリナは、答えられなかった。
答えは、町のすべての住民が心の中で抱えている問いであり、サミュエルのように成長しない者は、結局、世の中の枠組みに無理に従わなくても生きられる存在だと気づかされたからだった。
その夜、エリナは家に戻ると、自分の机の上でサミュエルからの最後の問いをじっと考え続けた。
そして、気づくのだ――サミュエルこそが、フレーフトの中で最も自由な存在であり、最も“人間らしい”存在であることに。
彼は成長しなかったからこそ、純粋な意志と感覚を持ち続け、周囲の世間やルールに縛られることがなかった。
次の日、エリナは町の広場で乳母車に乗り、押されていたサミュエルの姿に、もう一度意味を見出そうとした。
だが彼は、再びあの穏やかな笑顔を浮かべただけで、何も語らなかった。
その後、サミュエルが本当に成長したのか、それともずっとそのままだったのかは、誰にもわからない。
フレーフトの町では、誰もが自分にとって最も心地よい「時間」を過ごすことが許されていた。
年齢や時間の枠組みに囚われることなく――
サミュエルのように。




