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フレーフトにまつわる奇妙な話  作者: リキーノ


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モンキー・ガイ

「あそこに近づくな」

町のことを聞けば、誰もが同じことをを言う。






フレーフトの町は、霧が低く流れる朝と、鈍く鳴く鉄道の汽笛で一日が始まる。



町のはずれにある古びた動物園には、猿が一匹だけいた。名はボル。老いたマンドリルで、毛並みはすっかり褪せ、目だけが異様に人間くさい。

誰も近づかない檻の前に、毎朝一人の男が立っていた。

名をオルドといった。町唯一の学校で教師をしていたが、それは肩書きばかり。最近は上手く言い訳をつけては学校を抜け出し、動物園に行っては黙ってボルを見つめている時間のほうが長かった。


「お前はいいな」

オルドはそう呟くのが癖になっていた。

「何も考えず、ただ生きていられる。……俺も、お前になりたい」


オルドは町で“最も賢い人間”と呼ばれていた。あらゆる問題を論理で解き、不可思議な事が蔓延るこの町に住んでいながら、迷信を笑い飛ばし、町長でさえ彼の言葉を頼りにしていた。

だが、その瞳にはいつも疲労がこびりついていた。夜になると、机の上に置かれた鏡をじっと見つめ、自分の顔を叩いて「愚かになれ」と呟くのだ。


人は智を誇るが、智が過ぎれば人を壊す。高みにいればいるほど苦悩は増すばかり。それを知っていながら、オルドは逃げられなかった。

『皆が自分を頼るから』

結局、人を裏切ることができない性分にある男なのだ。



ある日、動物園の園長がオルドに声をかけた。

「猿が逃げ出しそうなんだ。檻の鍵が錆びてる」

オルドは微笑み、「直しておきましょう」と言って鍵を預かった。


次の朝、ボルの檻は開いていた。

だが、ボルはいなかった。代わりに、檻の中にはオルドの上着と眼鏡が畳まれていた。

町の者たちは騒ぎ、川沿いを探し、森の奥まで行ったが、オルドの姿はなかった。


三日後、檻の前に一匹の猿が戻ってきた。

毛並みは赤茶け、目はどこか澄んでいた。

園長は「ボルが帰ってきた」と喜んだが、子どもたちは首をかしげた。

「先生に似てる」

その一言に大人たちは笑った。だが、誰もその猿の目を正面から見ようとはしなかった。


それからというもの、フレーフトの町では、妙な噂が広まった。

夜更けに、学校の教室の窓から猿の影が覗く。

黒板にチョークで線を引き、誰かに語りかけるように、尻尾を振る。

次の日の朝には、誰が書いたのかも分からぬ文字が黒板に残されている。


「賢くなるな。笑っていろ」


町の人々はその文字を見て、なぜか少し安心するという。

それはまるで、町全体が一つの檻であり、その中でようやく愚かでいられることに救われているかのようだった。


霧の濃い夜、動物園の檻の前に立つと、猿――いや、オルド――は静かにこちらを見る。

その目には、憎しみも後悔もない。

ただ、ようやく得た「愚かさ」の安らぎが、ゆっくりと灯っている。


フレーフトの朝は再び汽笛で始まる。

霧の向こうで、誰かが笑う声がする。

それが人の声か、猿の声かは、もう誰にも分からない。

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