9話 視える、動ける
「こ、これは……」
俺が指輪を付けていたのが気に食わないのか、タワーの攻略に向かう足を止めてしつこく絡んでくる郷原くん。
「フロアランク1の貧乏フリーターのクセにチャラついたもん付けてるじゃねえか。なんだ? ママにでも買ってもらったのか?」
「そ、そんなんじゃないよ。別に、俺がアクセサリーを付けてたって郷原くんには関係ないじゃないか」
「うるせえ! お前は底辺ライザーらしく初期アバターみたいな人生を送ってりゃ良いんだよ」
「初期アバターって……」
どうやら彼は、いつまでもタワーを攻略できず、ライザーとしての収入だけでは衣食住にかかる費用も満足に払えない、バイト生活で食いつなぐみすぼらしい俺を見るのが好きらしい。
自分より下がいると安心するタイプなんだろう。
そんな俺が急に指輪なんか付け出したのを見て、何か機運が高まってきているのではないか、底辺から這い上がってきているのではないかと思って良い気分ではないのかもしれない。
「そ、そっちこそ、趣味の悪い鎖みたいなネックレス付けてるクセに」
「ああっ!? んだとぉっ!?」
「あっ」
しまった、聞こえてた……郷原くん、こっちには色々言ってくるけど自分が言われるとすぐ逆上するんだよな。
「底辺の雑魚ライザーが調子乗んなよっ!!」
「っ!!」
拳を振り上げて殴りかかって来る郷原くんの姿を見て、一応ガードの姿勢を取ろうとする。
でも、こういう時に俺のガードが間に合ったことは今までに1度もない。
相手の動きは見えてはいる……見えてはいるんだけど、身体が付いてこない。
まあ、このまま1発殴られておけば怒りも治まって大人しくなるだろう。
「(ん……あれ?)」
こちらが想像しているよりも郷原くんのパンチが飛んでくるのが遅いというか、彼の動きが止まっているかのような感覚になる。
いや、スロー再生みたいになってるのか?
とにかく、彼の拳がゆっくりとこちらの頬に向かってくるのが分かる。
そして、俺の身体もそれに反応して動かすことができる。
「(これなら……っ!!)」
俺は殴りかかって来る郷原くんの懐に入り、腕を掴み回して重心をずらし、そのまま投げ飛ばした。
「なっ……ごワァッ!?」
まさか俺が護身術のような方法で抵抗してくるとは考えていなかったのか、綺麗に投げ飛ばされて身体を地面に打ち付ける郷原くん。
どうやらそのまま気絶してしまったようだ。
「せ、成功した……」
俺自身もまさかあの郷原くんを投げ飛ばせるとは思わなくてこの状況が上手く呑み込めずに若干呆けていると、ユグドラセンターでそんなことをしていたので、周りにいたライザーたちが野次馬のように集まってきてしまう。
「こいつ、郷原じゃねえか? 最近上級ライザーになったっていう……」
「おれ見てたんだけど、そっちの青年に急に殴りかかって、そのまま受け流すように投げ飛ばされてたぜ」
「上級ライザーを投げ飛ばすとかヤバいな。上級同士のケンカってやつか?」
「あれ? でもこの人って、たしかずっと第1階層を攻略してる……」
ど、どうしよう。なんか騒ぎになっちゃったぞ。
実力主義のライザーは荒っぽい性格の人も多いから今回みたいな揉め事も日常茶飯事なんだけど、さすがに相手を投げ飛ばして落とすくらいのケンカはなあ……
「あー、君」
「は、はい」
騒ぎを聞きつけたユグドラセンターの警備スタッフと常駐している救急スタッフの人がこちらにやって来る。
ど、どうしよう……警察に連行……まさか傷害罪で逮捕?
せ、正当防衛なんです、信じてください。
「監視カメラで状況は把握してるから、あの人の事は気にしなくて大丈夫。帰っていいですよ」
「わ、わかりました……」
なんか大丈夫だった。
これくらいのトラブルなら事情聴取も無しでスルーされるのか……治安が良いんだか悪いんだか。
「おっと、急がないとバイトに遅れちゃう」
俺は最後に、救急隊の人にタンカで運ばれる郷原くんをなんともいえない感情で眺めてからバイト先へと向かった。