72話 魔装化
「ああ、それなら魔装化したい身体の部位を思い浮かべながら言えば大丈夫ですよ」
「部位……」
「ブイブイです」
「なにが?」
両手でピースしながらドヤ顔をするフェーン。
とりあえずまあ、魔装化を発動する条件は分かった。
「教えてくれてありがとうフェーン。それじゃあちょっとやってみるよ」
とは言っても、魔装化したい部位か。
右手がいいかな……いや、利き手はちょっと怖いから左手にするか。
「……魔装化!」
『レッツ! マソウトランスフォオオオム!!』
ギュインギュインギュイン!!!!
「おお……腕だけ魔装変身した」
魔装化を発動すると、いつもとはちょっと違う魔装のセリフ(?)と共に俺の左腕だけがヴェノムイーター状態に変化した。
魔装化した部位は、俺が思い浮かべた左手……つまり左手首から先ではなく、左肩の付け根から指先まで。
どうやらこれで1パーツということで、指1本とかの魔装化は出来ないようだ。
ていうかアレだな、他のライザーが持ってる『魔装』って確かこういう感じだったな。
やっぱ今までの全身魔装の方がイレギュラーな気がする。
「通常の魔装変身よりも体力の消耗が少ないから、ちょっとヴェノムイーターしたいときに便利かもな」
「なんですか、ちょっとヴェノムイーターって」
うん、自分で言ったけど俺にもよく分からない。
……。
…………。
「なるほど、片腕ずつと両腕、片足ずつと両足……足ってか脚部? あとは頭くらいか」
しばらく地下2階層で魔装化の練習をした俺は、魔装化が使えそうな部位をなんとなく把握することができた。
一応お尻から尻尾だけ生やしたり、四肢と頭部以外の胴体部分だけ魔装化したりも出来るみたいだけど正直微妙。
尻尾だけ生やしても役に立たないし、手足と頭が普通で胴体だけヴェノムイーターは普通にダサすぎるし、そうするくらいなら魔装変身した方が戦いやすい。
「魔装化した部位だけ重かったりバランス崩れて歩きにくかったりしたら嫌だなって思ったけど、案外普通だ」
「耐久力も見ますか? 私が魔装化したところを狙って弓矢を放ちますので」
「やめてくれフェーン」
「私の弓の腕前が信じられないと?」
「そんな大昔の奴隷遊びみたいな方法で俺の耐久力を試すのはやめてくれと言ったんだ」
―― ――
「危ない危ない、人間ダーツの的にさせられるところだった」
魔装化した俺を的にして弓矢を放ちたがるフェーンからなんとか逃げ出し、リフトに乗り込んで地下3階層へと向かう。
エルハイド族、肉食ってるだけあってやっぱイノシークより野蛮かもしれない。
「さてと、それじゃあ今度こそ新たな地下階層のお目見えだな」
しばらく魔装化を試して少し疲れてしまったので、今日は軽く散策するだけにしよう。
地下3階層には一体どんな景色が広がっているのだろう……とっても楽しみだ。
ポーン。
「おっ着いた着いた……おおー、ここは草原かな? あっ向こうに大きい水場も見える」
乗っていたリフトから目的地に到着したお知らせのブザー音が聞こえ、目の前の扉がスライドしていく。
するとそこには、広大な自然と大きな水場が……
ぐちょ。
「……ん?」
リフトから出て一歩踏み出すと、雨の日にぬかるんだ土の地面を踏みしめてしまったかのような、ぐちょぐちょっとした感触が靴に伝わる。
っていうかもはや足首くらいまで泥水に浸かっていた。なにここ、田んぼのど真ん中?
「さ、最悪だ……靴も靴下もドロドロじゃないか」
地下3階層に到着早々メンタルを削られるこの仕打ち。
一旦足元の状況を放置して周囲を確認すると、ここは草原などではなく、大きな水場の周りに広がる湿地帯だということが分かった。
そして湿地帯の周囲には、浸水していない陸地が見える。
「なんであの場所スタートじゃないんだよ」
こうして俺のユグドラタワー地下3階層の攻略は、何ともジメジメとした気分と環境からぬるっと始まった。