59話 未知との遭遇
「キーッキッキッ!」
ユグドラタワー第15階層、フロアボス戦。
手の内側から蜘蛛の糸のようなものをバシュッと射出して縦横無尽にフロア内を飛び回るゴブリンスパイダー。
しかし、今の俺にはそんなものは全く問題にならなかった。
ザシュザシュザシュッ!!
「キキキッ!?」
「切れ味、抜群ダ」
魔装変身を発動し、ヴェノムイーター状態になった俺の手には巨大なかぎ爪が付いている。
これを軽く振り回すだけで、ゴブリンスパイダーが出した粘着性のある切れにくい糸もズバズバと切れていく。
「キ、キキキィ……」
天井付近の壁に貼りつき、こちらを警戒しているゴブリンスパイダー。
さっきまでは射出した糸を使ってトリッキーな動きでこちらを翻弄し、背後から奇襲をかけるといった戦い方をしていたのだが、魔装変身をした俺には全くもって効果が無くなってしまったのだ。
「まあ、そんな所にいても意味無いんだがナ」
脚に力を込めて、そのままゴブリンスパイダーの元まで一気に跳躍する。
「キキィッ!?」
「お前の負けダ」
ザシュッ!!!!!!!!
「ギッ」
俺の跳躍スピードに対応できなかったゴブリンスパイダーを右手のかぎ爪で頭からぶった切ると、頭部にあるコアごと綺麗にスライスされてゴブリンスパイダーの身体が真っ二つになった。
「…………」
「よし、討伐完了……ダ」
消滅したゴブリンスパイダーの死体の跡から第16階層のフロアキーとそこそこの大きさの赤い魔石がドロップされる。
たしかに中々クセのあるボスではあったが、魔装変身を発動した俺よりはクセが無かったかもな。
―― ――
「ふう……おっと、変身したままだっタ」
ゴブリンスパイダーの討伐に成功した俺は、ロックが解除されたボス部屋の扉を開けて通常フロアへと移動する。
なんとなく魔装変身の姿を他の人に見られるのが恥ずかしかったので、急いで解除を……
「あ……えっ? フロアボスの部屋から、モンスター……?」
「……あ、見られタ」
俺の次にフロアボスに挑もうと待っていたのか、ボス部屋の前に1人の女の子が立っていた。
っていうか、この子何才だ? 中学生の妹たちより小柄だし、どう見ても18才以上には見えないのだが……
「も、もしかしてフロアボスさん、ですか……?」
「い、いや……俺は、ただのライザーダ」
「で、でもその姿は……」
「これは、魔装の効果……ダ」
突然の遭遇でお互いにあまり頭が回っていないのか、言葉足らずな会話が続く。
「こ、これからボスに、挑むのカ?」
「は、はい。そのつもりです……」
「そうカ……まあ、頑張れ……ヨ」
「あ、ありがとう、ございます……」
「それじゃあ……ナ」
「は、はい……」
とりあえず彼女の健闘を祈った俺は、その場で魔装変身を解除することも忘れて急いでリフトに乗り込み、ユグドラタワーの出口へと向かう『EXIT』のボタンを押しながらようやく変身を解除した。
「……あ、テンパってて自己紹介もできなかったな……」
まあ、同じ階層を攻略してたってことはその内また出会うだろう。
ヴェノムイーターの姿しか見てないあの子が俺の事を分かるかどうかは別としてだが。
「っていうか、さっきの子ってもしかして『ギフテッドライザー』ってやつか……?」
ユグドラタワーで活動するライザーは、基本的には18才の誕生日を迎えないとなることが出来ない。
これは安全面の問題から国がそう決めている……という訳ではなく、ライザーになるために初めてユグドラタワーへ入ろうとすると、普通であればライザーカードが自動で生成されて入場できるようになるのだが、18才未満だとタワーから拒否されてカードの生成が行なわれず、入場することも出来ないのだ。
しかし、稀に18才未満の子供であってもタワーに拒絶されずライザーになれる人がいるらしく、そういった子のことを『ギフテッドライザー』と呼ぶ。
「あの子もそうだったのかもしれないな……」
そうじゃなかったらまあ、俺の目が節穴だったというだけで。
女の人の見た目と年齢とか、正直よく分からないし。
「まあ、それはそれとしてとりあえず、めっちゃ疲れた……」
魔装変身を解除して蓄積された疲労が一気に襲いかかってきた俺は、ゾンビのような足取りでユグドラタワーを後にした。