36話 魔装ヴェノムイーター
「うわっなんだこれ!」
地下1階層にある湖の水面に映る俺の姿は、巨大な顎を持つバケモノのような顔をしていた。
自分が喋るたびに水面に映るバケモノの口が開き、鋭いキバがギラリと光る。
声質も変化していて、元の俺の声よりかなり低く、地獄の底から這い出て来たかのような錆声だ。
「ソラ、シブくてとってもかっこいいわっ!」
「俺はパモチの美的感覚が心配だよ」
遂に起動状態:開花となった魔装NULL……いや、今は魔装ヴェノムイーターだったか。
とにかく、その成長した魔装に新しく追加された装備効果『魔装変身』を試してみたところ、なんというか、俺自身がモンスターのような見た目になってしまっていた。
「というか、この見た目だとヴェノムっていうよりエイリアンみたいだ……ヴェノムイーターか……ヴェノムの捕食者ってことか? なんにせよバケモンだなこりゃ」
軽く身体を動かしてみると、まるで肉体のリミッターを解除したかのような感覚に陥る。
柔軟性が異様に高く、サーカス団もびっくりなくらい身体が曲がり、片腕どころか指一本で逆立ちが出来る。
その場で垂直にジャンプすると、ものすごい跳躍力で周りの木々よりも視界が高くなる……
「く、首が180度回るんだが……てか尻尾も生えてんのかよ! しかも自由に動かせるし……不思議だ……」
「どんな強敵が現れても今のソラなら敵なしねっ!」
「まあ、この階層にはもう敵がいないけどな」
地上階層であれば、モンスターは討伐しても一定時間が経過すると再び自動で発生する仕組みになっている。
しかし、ここ地下1階層では女王が卵を産んで増殖するという本来の繁殖システムに近い発生方法になっているため、フロアボスの『クイーン・ブラックジェットローチ』を討伐した結果、このエリアで新たにブラックジェットローチを生み出すものは存在しなくなってしまった。
討伐できたのは嬉しい限りだが、良質な魔石や素材が手に入ったから、今後まったく発生しないのもそれはそれで少し残念ではある。
「あっソラ!! もしかして、『女王の血肉結晶』を手に入れたわねっ!?」
「血肉結晶……? ああ、これか」
先ほどのクイーン・ブラックジェットローチとの戦闘でドロップされた『蜚蠊女王の血肉結晶』という、魔石とは違う謎の結晶体。
「これがなんだっていうんだ?」
「そ、それには親玉の生命エネルギーが封印されているの! 絶対に洞の中に放置しちゃダメよっ!」
「……放置すると、どうなるんだ?」
「しばらくしたら、また悪いヤツらが復活しちゃうわ!」
……なるほど。
どうやらこの『蜚蠊女王の血肉結晶』をクイーン・ブラックジェットローチと戦った『蜚蠊女王の洞』内に放置、というか設置してしばらく経つとクイーン・ブラックジェットローチが復活し、再びブラックジェットローチたちを発生させることができるようになると……そういうシステムってわけか。
「もう少し黒鉄甲も入手しておきたかったし、魔装変身した状態でクイーンとも戦ってみたいし……復活させられるなら、これを」
「……ソラ、まさか女王の血肉結晶を使って悪いヤツらを復活させたりしないわよね? ワタシたちのグランルータを再び奪ったりしないわよね?」
「…………」
今にも泣きそうな上目遣いで訴えかけてくるパモチ。
今完全に『どうする? アイ〇ル~』状態だわ。チワワのCMのやつね。
「や、やだなあパモチ。そんなことするわけないだろ。この血肉結晶は後で処理しておくから」
「ありがとうソラ! さすがソラ! ワタシはソラを信じていたわっ!」
「あ、あはは……」
俺は『蜚蠊女王の血肉結晶』を使用することを一旦諦めた。
いや無理だよ、この状況で冷酷になれないよ。