35話 開花
「ソラ! 遂に悪の親玉を倒したのねっ!」
「ああ、なんとかね」
クイーン・ブラックジェットローチを倒して『蜚蠊女王の洞』を出ると、入り口で待っていたパモチが俺を見つけて飛んでくる。
「これでグランルータに平和が戻って来るわ! ありがとうソラッ! お礼のキッスよ! ん~まっ!」
「はいはい……ってキスはいいよキスは! せめてほっぺにしてくれ!」
危うく俺のファーストキスがピクシード族になるところだった……いやまあ、この際なんでも良いんだけどね。
22才男性・彼女いない歴も22年……
「あとで仲間たちからもお礼のキッスをしてあげるわっ!」
「それはやめてくれ」
何十匹ものピクシード族に襲われたら流石に当たり判定デカすぎるから……2、3匹くらい確実にマウスtoマウスしちゃうって。
「ソラ、大きな魔石を手に入れたわね! それを使えば魔装を〝開花〟させることができるはずよっ!」
「魔装の開花か……」
俺が装備している『魔装NULL』の起動状態は現在蕾Lv.10となっている。
この魔装は魔石を吸収することで経験値のようなものを貯めていき、レベルを上げて発芽の状態からここまで成長してきた。
今の状態でも身体能力の向上や攻撃の貫通力上昇などの効果があって非常に役に立っているのだが、更に魔石を与えることで『開花』という形態に進化するらしい。
「ちょっともったいないけど、まあやってみるか」
クイーン・ブラックジェットローチを倒した時にドロップした赤の魔石は、今まで入手した魔石の中でダントツにデカかった。
品質も高く、このサイズなら買取りに出せば数万円とかになるかもしれない。
しかし今回はグッとこらえてこの魔装の為に使ってみよう。
「さあ魔装NULL、この魔石を君に与えよう……」
右手の中指に装着されている指輪を魔石に触れさせると、モンスターが消滅していくときのようなエフェクトが出て魔石が消えていく。
「うわっ……なんだこれ、指が熱い……!?」
巨大な魔石を取り込んだ魔装が熱を持ち、装着している指に温度が伝わってくる。
「ソラの指輪からものすごい命のエネルギーを感じるわっ! 男の子なんだし、ちょっと熱いくらいガマンよっ!」
「それこの世界だと差別だからね……」
「そんなみみっちいこと言ってるから経済が停滞するのよっ!」
「急にそれっぽいこと言うじゃん」
まあ、ユグドラタワーの住民に俺たちの法や倫理は関係ないからね。
クラフターとかも可愛く見えてまあまあ口悪いし。
「お、熱くなくなった」
「進化が終わったのね! さあソラ、魔装の力を見せて頂戴っ!」
「見せてって言われてもな……」
魔装の見た目は指輪の状態のままで、特に変化があったわけではない。
とりあえずライザーカードをかざして確認してみよう。
【魔装ヴェノムイーター】
・起動状態:開花
・入手条件:地下1階層に到達し、ピクシード族と接触する。
・装備効果:身体能力向上、貫通力強化、魔装変身
「ま、魔装ヴェノムイーター……? 魔装変身……?」
魔装の名称が変化し、装備効果に新たなスキルが追加されている。
もしかして、今の状態から変身することが出来るという事か?
仮面ライザーってこと?
「なあパモチ、魔装変身の方法って知ってるか?」
「指輪を心に近づけて、『魔装変身!』って叫べば良いだけよっ!」
「心ってのは心臓か? それとも脳か……?」
まあ、そんな哲学的な事は置いておいてとりあえずやってみるか。
指輪を装着している右手を左胸に当て、なんとなく身体をシャキッとさせて変身の言葉を唱える。
「魔装変身ッ!!」
『カモン! マソウチェエエエエンジ!!』
「えっ!? 何この声!?」
「魔装の声よっ!」
「魔装の声!?」
コイツ意思とかあったのかよ!?
ギュイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!
『マソウチェンジ! コォンプリイイイイイツッ!!』
…………。
「……えっあ、終わった? 今俺どうなってんの?」
「とってもカッコいいわ、ソラッ!!」
なんとなく、顔の前に透明なフィルターを1枚挟んでいるような見え方。
視界もさっきまでより高い気がする。
足元を見ると、そこには俺が今まで履いていたボロいスニーカーではなく、なんて言えば良いんだろう……ワニというか、ニッチな所で言うとヒクイドリのような……まるで古代の恐竜を思わせる、強靭な爪と頑丈な鱗に覆われた巨大な足があった。
手も同様に、爬虫類のような鱗に覆われていて指先には鋭利な鉤爪が。
明らかに元より大きくて凶悪そうな見た目になっている。
「……俺、今どうなっちゃってるの?」