25話 ワンパン
「よし……行くぞ」
モスドのハピネスセットを3つ食べて若干胃もたれ気味になった翌日、俺はユグドラタワーのリフトに乗り込み、ここ最近攻略を進めていた地下1階層ではなく、通常の第1階層フロアへと向かうボタンを押した。
次に地下1階層へのボタンを押すのは第10階層のフロアボスを倒してフロアランク11を達成した時だ。
「おお、なんか久々で新鮮かも」
リフトの扉が開き、見覚えのある石造りの迷路のようなフロアが広がる。
俺が数年かけて攻略しているユグドラタワーの第1階層だ。
今まではなんとも思っていなかったけど、地下1階層と比べると天井が低くてかなり窮屈だと感じてしまう。
「あー、そっか。ここにはピクシード族はいないんだ」
地下1階層のフロアに到着するとどこからともなくピクシード族のパモチがやってきて、ナビキャラみたいな感じで一緒に行動していたのでちょっと寂しい。
逆に地下1階層には俺以外のライザーがいなかったので、ここでは他の人に出会ったりすることもあるんだけど、知り合いでも無ければ軽く会釈して終わりだしな。
ピクシード族は一生話しかけてくるのでそれが良いかどうかは何とも言えないけど。
「……ぽよぽよ」
「お、さっそくお出ましだな」
第1階層に出現するモンスター『スライム』が進行方向の角から現れる。
今までの俺の実力だと、数十分かけて息を切らしながらなんとか倒せる相手だった。
しかし、魔装を手に入れ、ブラックジェットローチとの戦いで成長した俺なら……!!
「はあっ!!」
「ぽよっ……!?」
バッキイイイイイイイイイイイイイイン!!
「ぽ、ぽよ…………」
俺の正拳突きを受けたスライムのコアはいとも簡単に破壊され、砂のように消滅していった。
「い、一撃……? マジかよ」
今までだったら、攻撃を避けつつ何発も打ち込んでようやく倒せるような相手だったのに……ワンパンで倒せてしまった。
今まで戦っていた地下1階層のブラックジェットローチでもこんなすんなり倒せなかったから、かなり驚きだ。
「よ、よし……今の実力を信じて、ボスに挑むぞ」
俺はスライムを一撃で葬った拳を見つめ、フロアボスがいるエリアに向かって一歩踏み出した。
―― ――
「ここに来るのも久しぶりだな」
遭遇したスライムを倒しつつ、フロア最深部にある巨大な扉を見上げてひとつ気合いを入れる。
この扉を開けた先には第1階層のフロアボス『トライスライム』が待ち受けているのだ。
「以前の俺なら2匹目を倒せるかどうかのところでゲームオーバーになってたもんな。でもコイツを何とかしないとフロアランク10なんて一生夢のまた夢だ」
トライスライムは文字通り、フロアに出現する通常のスライムが3匹集まっているだけのモンスターだ。
フロアボスの割りにはインパクトに欠けるかもしれないけど、そんなトライスライムに苦戦している自分からは何も言えない。
3匹分の攻撃がいっぺんに来ると流石に避けきれる確率がぐっと下がる。
紙耐久の俺にはスライムの攻撃だとしてもかなりのダメージになってしまう。
「で、でも大丈夫。ここまで来るのに討伐したスライムは全部ワンパン。トライスライムだって1匹1匹は普通のスライムとほとんど変わらないんだから、攻撃よけてパン、パン、パンで俺の勝ちだ。サンパンだサンパン」
命の危険が無い状態でフロアボスに挑めるのは1フロアにつき1日1度。
2回目以降は敗北したら本当の死が訪れる。
「すぅー……よし、行くぞ! 強くなった俺の実力を見せてやる!」
俺は深呼吸をして気持ちを引き締め、目の前の巨大な扉を押し開けた。