24話 名前呼び
「いらっしゃいませー……って、なんだ和取先輩じゃないっすか」
「お疲れ、日奈多さん」
「なんで裏口じゃなくてこっちから入って来たんすか?」
「ん? ああ、ちょっとバイトまで時間あるから食事してこうと思って」
「ふーん……そちらの彼女さんとすか?」
「彼女じゃないよ。ライザー仲間の桜ヶ丘コハルさん」
コハルさんが『ビィカーグッズをコンプするためにハピネスセットを全部頼む』とか言うので、さすがにそれはってことでバイト前に少し手伝うことにした。
「むむむ、全部で8種類……ここで私が2セット食べて、ソラさんが4セット食べて、明日の朝食用にテイクアウト2セット……よし、この作戦で行きましょう!」
「ちょっと待ってよコハルさん、俺ハピネスセット4つも食えないよ」
多分2つ……いや3つ目の途中でお腹いっぱいになると思う。
時間かけて限界突破すれば4ついけるかもしれないけど、これからバイトなのでそんな状態になるわけにはいかない。
「ソラさん、コハルさんねえ……ほーん」
「ど、どうしたんだい日奈多さん。お店の売りのスマイルから程遠い表情になってるよ」
「べっつに~? うちのことは苗字呼びなのに、その人とは名前で呼び合ってるんだな~ってだけっすけど~?」
カウンター横に飾ってあるハピネスセットの見本ケースを食い入るように見つめるコハルさんに聞こえないような声でこちらを糾弾してくる日奈多さん。
いや別に糾弾とかではないんだけど。なんとなーく機嫌悪い感じ。
「初めて会ったときにお互い名前だけ教えて、なんとなくそのまま名前呼びってだけだよ。日奈多さんも名前呼びの方がいいならそうするけど……」
「う、うーん……1回呼んでみてくださいっす」
「わかった。えっと……アオイさん」
「くひぃ~っ! なんか名前にさん付けだとこそばゆいっすね!」
「ええ……? じゃあ、アオイ?」
「おうふっ!! 効果バツグンっす!」
何タイプなんだこの人は。
「じゃ、じゃあ……ソラ先輩……」
「おう、なんだアオイ」
「~~~っ!! やっぱ呼び捨てエグイっす! なんか話し方までワイルドになってるっすもん!」
「そ、そうかな」
「ワイルドジャギー〇ンっす」
なんで☆遊☆〇☆王☆なんだよ。
「うーん、やっぱうちは今まで通りで良いっす。うちも和取先輩って呼ぶ方がしっくりくるっす」
「さいですか」
よく分からないが話しているうちに日奈多さんの機嫌が直ったので良しとしよう。
「私が2個で、ソラくんが3個で、テイクアウト3個……1個冷凍して後で食べればいけるかなあ」
「そこのお嬢さん、よかったらうちも協力しますよ」
「えっ良いんですか!?」
「もう少ししたらバイト上がりなんで、1セット食べていくっす」
どうやら日奈多さんもビィカーハピネスセットコンプリート作戦に協力してくれるらしい。
「店員さんありがとうございます! えっと……にちな、多い……?」
「ひなたっす、日奈多アオイ。和取先輩の都合の良い後輩JKっす」
「俺が通報されそうな偏向報道はやめてくれ」
「よろしくねアオイちゃん! 私は桜ヶ丘コハルだよ! えっと……ソラさんの都合の良い後輩ライザーだよ! コハルって呼んでね!」
「コハルさんも変な乗り方しないでください」
この後、俺がハピネスセット3個を無理やり胃に詰め込んで若干グロッキーになりながらバイトに入ってからも、2人はのんびりハンバーガーとカリカリに揚げたポテトを食べながら談笑していた。
ちなみにハピネスセット8個は俺が奢った。
なんでかって? それはね、後輩JKと後輩ライザーに可愛くお願いされたからさ。
「すいませーん、シェイク2つ。支払いは和取先輩の給料から天引きでお願いするっすー」
「いや何言ってんの、もう奢らないよ俺」
「シェイクツー和取くん天引きサンキューでーす」
「サンキューしないでよレジの人っ!?」