10話 結婚したんすか……?
「ふう、何とか間に合った」
バイト先の従業員室にあるタイムカードを打刻して、私服からキッチン用のユニフォームに着替えて腰にエプロンを巻く。
「あ、これどうしようかな……」
右手の中指にはめ込まれた魔装のリング。
結局ユグドラセンターを出てからここまで来ても消えずに装着されたままだ。
まあ、キッチンでの仕事中は使い捨てのサニメント手袋をするので指輪タイプのアクセサリーは禁止されていないのだけれど。
「それじゃあお先でーす……あっ和取先輩!」
「日奈多さん。おはよう」
「お疲れっす~。って先輩、なんですかその指輪」
「ああこれか。実は」
「ももも、もしかして彼女っすか!? 結婚したんすか……? うち以外のヤツと……」
「古いよそのネタ」
あと男女逆だし。
「違うよ。ユグドラタワーで手に入れたんだ」
俺は今日あった出来事を日奈多さんに説明する。
ライザーやユグドラタワーに詳しい人であれば大事になってしまうかもしれないが、彼女なら多分言っても大丈夫だろう。
「へ~地下フロアっすか。あのタワー地下あったんすね~」
「俺もびっくりだよ」
「駐車場とかっすか?」
「青空広がる森林地帯だったよ」
「ドラ〇もんの映画みたいっすね」
うん、さすが日奈多さんって感じのリアクションだ。
一応他言は無用って説明したけど、明日彼女が学校に行って友達にこの話をしても冗談で流されて終わるだろうな。
「だから薬指じゃなくて中指なんすね」
「えっなにが?」
「その指輪っす。つける指によって意味が変わってくるじゃないっすか」
「全然気にしてなかった……」
俺の右手中指に装着されている『魔装NULL』を見て何かを納得する日奈多さん。
左手の薬指だと婚約指輪みたいだから他の指かな~くらいしか考えてなかったけど、それぞれの指に意味があるのか。
「右手の中指につけた指輪は『ミドルフィンガーリング』といって、行動力・直感力アップ。意志を強くして魔や邪気から身を守る効果があるんすよ」
「へ~そうなんだ」
そう聞くとライザーとして活動するのに良い影響がありそうだな。
郷原くんの襲撃から守護ってくれたのもこの効果だったりして。
「というわけで和取先輩、うちにも指輪買ってくださいっす。うちもミドルフィンガーリング装備したいっす」
「悪霊にでも憑りつかれてるの?」
「誕生日、楽しみにしてるっすよ~」
そんなことを言いながら日奈多さんは帰っていった。
ユグドラタワーが出現し、魔石という新たなエネルギー資源が活用されるようになってはや10年。
ライザーという若干ファンタジーな職業が出来たとはいえ、誰もがみんな熱狂しているというわけではないのだろう。
彼らライザーが喉から手が出るほど欲しがっている魔装も現役女子高生からしたらただのアクセサリーというわけだ。
「それじゃあ、日奈多さんの誕生日プレゼント資金でも稼ぎますか。おはようございまーす!」
いつもより少しだけ気合いを入れた俺は、従業員室の扉を開けてお店のキッチンに向かった。
「そういえば、プレゼント用の指輪っていくらくらいが相場なんだ?」
最近の高校生はブランド物のバッグとか普通に買ってたりするって聞くし、さすがに千数百円のちゃっちいヤツじゃなくて、もうちょっと良いのだよなあ……
「……この魔装、もういっこ手に入んないかな」