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三、

 朝早くに自分の部屋の窓ガラスに軟弱な物体がぶつけられているかのような音が数回聞こえ、美智瑠は目を覚ました。寝ぼけ眼を三日月形にした状態で、就寝中にできた鼻の油や目頭の目やにを指の腹でとる。落ち着いてからスマホで現在時刻を確認すると、朝の五時半過ぎだった。空はまだ暗い。

 昨晩は大人気アニメーション映画のDVD二本の予約販売開始日が重なったため、ファンが殺到しレジから離れられず仕事は多忙を極めた。

 美智瑠は節々が重く気だるさが残る体を起こし、軽い眩暈に襲われながら窓を見た。隣家の窓の向こうに愛美がいる。目が合うと、愛美は友好的に微笑んで手を振った。美智瑠も口角を上げて手を振り返す。

 美智瑠は窓を全開にして、二人の間にある透明な隔たりを消した。

「おはよう」

 愛美はとびきりの笑顔を美智瑠に向けた。

「お、おはよう」

 早すぎる朝の挨拶をされて、美智瑠は少し戸惑いながらも挨拶を返した。

 あの軟弱な物音は、愛美が出したのだろうか。

「ごめん。もしかして、寝てた?」

 愛美の申し訳なさそうな表情と声調は、若干演技がかっているような気がする。

 違和感があった。

 もしかしたら彼女は割りと我を通すタイプなのかもしれない、と美智瑠は思った。

「……うん」

 美智瑠は、言いづらかったが正直に答える。

「ごめんね。ねえ、交換日記はもう書いた?」

 愛美は眉毛を八の字にして謝った後、はっきりした口調でそう聞いた。

「えっ」

 美智瑠は、思考が止まった。言われた言葉を目覚めて間もない冴えない頭で咀嚼する。

「交換日記、書いてくれた?」

 愛美は同じようなことを二回も尋ねた。

「書いたけど……」

 美智瑠は呆然とした。まさか、自分は交換日記のために、こんな早朝から起こされたのだろうか。そう思うと、彼女の非常識さに腹が立った。

 だが、自然と体は動き、美智瑠は机の上に置いた交換日記を手にすると窓から外へ腕を伸ばした。

「ありがとう。美智瑠ちゃんが書いてくれた日記読むの、ずっと楽しみにしてたの」

 愛美は子どものように無邪気にはしゃぎながら、交換日記を受け取った。

 その様子を見ているうちに、美智瑠は先ほど愛美へ怒りを抱いた自分を恥じた。愛美はただ純粋に自分との交換日記のやり取りを通して、親交を深めてゆきたいと考えていただけなのかもしれない。

「美智瑠ちゃん、これから交換日記は一日一回はどちらかが必ず書いて渡すようにしよう?」

 愛美は、頭をすり寄せて甘えてくる猫のように、可愛く小首をかしげて柔和な声調で提案する。

「良いけど、時間合うかな?」

「今の時間帯はどう?」

 朝早すぎる、美智瑠は即座にそう思った。

 けれど、こんなに容姿の優れた隣家の女の子の期待を無下にするのは、何やらとても罪深いことをしているような気になった。そのため、

「……うん、大丈夫だよ」

 美智瑠は無理して笑って承諾した。

「やったあー」

 愛美は満面の笑みを浮かべて小さくその場で何度か跳び跳ねた。

 その姿が年の割りに幼く美智瑠の目には映った。

 美智瑠は、手で口を覆い大きな欠伸を一つした。よくよく考えれば、今の時間は通常であればまだ眠っている時間だ。目の前にいる愛美の顔が霞んで見える。

「私、美智瑠ちゃんとは、ちゃんとした友達になりたい。それで、ゆくゆくは何でも言い合える親友になりたい。美智瑠ちゃんは、どう思う?」

 美智瑠は眠気を含んだまぶたをこすり、愛美の話をうつらうつら聞いていた。

 友達になってほしい。親友になってほしい。

 という愛美の要望は、まともな友達のいない美智瑠にとってはまさに願ったり叶ったりなはずだった。けれど、今はとにかく睡魔と闘っている真っ只中だ。

 美智瑠は、ぼんやりしている頭に活を入れて、

「もちろん。私なんかで良ければ喜んで」

 と精一杯の笑顔で快諾した。

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