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十一、

 待ちに待った今日の天気は、まるで天からの祝福でも受けたかのような快晴で、見上げた青空には雲一つない。

 秋とは言え、シミ・そばかす予防のために美智瑠は露出している全ての肌に念入りに日焼け止めクリームを塗った。花柄のシュシュでポニーテールの根元を結わき、顔には優しげに見えるよう目元にピンク色のチークを入れて、しっかりめに化粧を施している。服装にも凝っており、おろしたての桃色のロングワンピースに、シルバー色のラメが煌めく小洒落た靴を身に付けた。

 待ち合わせ場所であるテーマパーク出入口前にたどり着いたのは、待ち合わせ時間よりも十五分ほど早く、美智瑠が一番乗りだった。テーマパークのマスコットキャラクターであるファントムウサギが描かれたベンチに座り、スマホを見て時間を潰す。

 急上昇ワードを検索してネットサーフィンをしながら時折、視力低下防止のためにテーマパーク出入口前に伸びている人の行列を眺めた。家族連れや友達同士、若いカップルの姿が大半を占めている。これから自分もこの行列の中に交じるのだと思うと、美智瑠は期待に胸を膨らませた。今か今かと、二人の到着を心待ちにする。

 約束している時間まであと残り僅かといったところで、最寄り駅の方角から愛美とタケルが息遣いを荒くしながら走ってくるのが見えた。

「美智瑠、ごめーん! 待ったよね?」

「ごめん! 偶然、同じ電車の車両に愛美も乗ってるのが分かったから、ここまで一緒に来たんだ」

 美智瑠はベンチから立ち上がると、目を糸のように細めて微笑みながら二人を迎えた。

「大丈夫だよ。私も今来たところだから。ちゃんと二人が来てくれたから安心した。ちょっと休んでから行く? それとも、このままあの列に並ぶ?」

「うわあ、すごい行列……見るだけでもう疲れる~。でも、並んで待たないことには中に入れないもんね……よし! 私は大丈夫だから行けるよ! タケルはどう?」

「俺も大丈夫! 行こう!」

 それから、およそ四十分後。

 三人は行列に並びながら世間話をする中で、時折、愛美がじれったそうに身動きして栗色の美髪を豊かに揺らす。その隣で美智瑠は涼しげな顔をして文庫本を開き、近代ヨーロッパの世界へ入り込む。タケルはそんな女子二人の正面で、片手にペットボトルを持って空を仰ぐ。

 かと、思いきやタケルが今月結婚を発表した女性アイドルの話を唐突にしだした。

「なるほどねえ。マナマリが好きって言うことは、タケルは清楚系よりギャル系が好きってこと?」

「へえー、何か意外!」

「えっ、そんなに意外? 俺、どんな女性がタイプに見える?」

「んー、どんなタイプだろ?」

「あ! でもさあ~、目鼻立ちが整ってて可愛ければ清楚系でもギャル系でも結局はどんなタイプでも良いんでしょ?」

「……まあね。可愛い女の子に弱いからさあ、俺」

「おい!」

「ははははは」

 世間話のネタもそろそろ底をつき始めた頃になって、

「大変お待たせしましたー! お次でお待ちの方どうぞー!」

 チケットカウンターの女性スタッフが満開の笑顔を咲かせて、明るく大きな声でタケルに向かって呼び掛けた。

「やったー! 長かった~」

「ようやく中に入れるね」

「思いっきり楽しもう!」

 長い行列を並びきった達成感を顔に滲ませつつ互いに喜び合う。

 三人の先頭にいたタケルがチケットカウンターへ歩き出すと、その後に愛美と美智瑠も続く。

 チケットを買い、念願のテーマパークの中へと入った。

 広く開けた空間のど真ん中に鎮座するファントムダイス城が、まず始めに目に飛び込んできた。鮮やかな黒とピンクと紫の三色のボーダーラインが幾重にも走り、ゴシック調のデザインが退廃的で可愛い。

 突然、何かが高い叫び声と共に猛スピードで駆け抜けてゆくのを背後で感じ取り、美智瑠は素早く後ろを振り返った。

 物体は人を乗せた状態で回転したり、垂直に落下したり、高速で前進したのち曲がったりしている。これこそ、ここのテーマパークの一大名物である絶叫マシン・ファンタジックエクスタシーライドだ。

「おおー! すごい迫力!」

「これ、CMで見てから、ず~っと気になってたやつ!」

 はしゃぐ二人を尻目に、美智瑠はすっかり気落ちして顔の表情が強張ってゆく。

「美智瑠、どうした? テンション低いけど」

 観察眼の鋭いタケルが、美智瑠の肩に手をのせて顔を覗き込む。

「ごめん。私、こういう激しい絶叫マシンが苦手で……」

「絶叫マシン苦手なの?」

「……うん」

 美智瑠は乗ってもいないのに、恐怖で顔面が蒼白になった。

「そっかあ。どうしよっか?」

 愛美がタケルへ視線を送る。

「あ、でも、私はここで待ってるから二人で乗ってきて。ずっと、楽しみにしてたんだもんね?」

 美智瑠は自分が二人の楽しみを奪ってしまってはいけないと、慌ててそう発案した。

「そうだけど……」

 愛美とタケルは互いに悩ましげに顔を見合わせる。

「私のことは気にしないで乗ってきて。乗り終えたら、ぜひ感想を聞かせてね」

 美智瑠は無理に口角を上げ懸命にくしゃくしゃの笑みを作ると、戸惑いの表情を浮かべる二人を見送った。

 待っている間、美智瑠は再び手持ち無沙汰となる。周囲を見回し運良くピンク色のペンキで塗られた二人掛けのベンチを発見すると、そこにゆっくり腰をかけた。

 すると、頭にウサギ耳のカチューシャをつけ、丈の短いスカートを履いた制服姿の女子高生三人が、美智瑠の目の前を通過しようとしている。

 美智瑠は思わず目を見開いた。羨望の眼差しで、通り過ぎてゆく彼女達を視界に捉える。

 ところが、よく見てみると、三人の内一人だけが一歩遅れをとる形で横一列から外れている。一歩先にいる二人の会話には入れず、ただ一人暗い面持ちで後を歩く女子高生に、美智瑠は同情した。

 三人というのは、魔の数字だ。大体が仲の良い二人で固まって、一人あぶれてしまうことが多い。美智瑠にも、こういった状況は身に覚えがあった。

「一人でいる子、頑張れ。めげちゃダメ」

 美智瑠は自分自身にも言い聞かせるように、小声でエールを送った。

 喉の乾燥対策のために、持参した緑茶の入った水筒をバッグから取り出すと、一口二口と口に含ませるようにして飲む。緑茶は少し薄めに作ってある。渋味がなくスッキリしたまろやかな味わいが、女子高生に感情移入して暗くなった心を優しく解きほぐしてゆく。

 一息ついてから、美智瑠は文庫本を開いて文字の横を指でなぞりながら唇をもぐもぐ動かして黙読した。こうして読まなければ、文字が頭に入ってゆかない。そのことに気が付いたのは、中学生の頃だった。他のクラスメイト達は国語の授業中も朝の読書タイムの際にも、文字の横をペンでなぞりながら読む者はいても誰一人唇をもぐもぐ動かして読む者はいない。

 その時から、美智瑠は他の同級生達がしないようなことを自分はしてしまうのではないか、という危機感と共に劣等感さえも抱き始めた。そんな劣等感を増幅させるかのように、楽しげな男女の笑い声が近付いてくる。カップルだろうか。一夜限りはあっても恋人のいたことのない美智瑠は、思わず項垂れて下唇を噛み締めた。

「きゃはははは、楽しかった~!」

「まじサイコーだった」

 あれ? どこかで聞いたことのある声だ。

 もしかして。美智瑠はハッとした。顔を上げ、男女の声の主を確かめる。

「あ。タケルの前髪、逆立ってる」

 愛美はそう言ってタケルの前髪を手の平で撫で付けている。

「ありがとう」

 タケルが愛美の鼻をつまんで、からかいながら礼を言った。

「ちょっと、せっかく髪の毛直してあげたのに~! 化粧とれんじゃん!」

「悪い、悪い」

 戻ってきた二人は美智瑠の想像を遥かに超えて、距離がぐっと縮まっているように見えた。

「あっ、美智瑠そこにいたんだ!」

「待たせてごめん。乗ってる時間はあっという間なのに待ち時間がかなり長くてさ、早く戻って来れなかった」

 愛美とタケルが美智瑠の存在に気が付いて駆け寄ってくる。

 美智瑠は微笑みを作り、ベンチから立ち上がった。そして、二人にファンタジックエクスタシーライドの感想を聞きたいから近くのカフェへ行かないか、と提案した。

 二人はあっさり承諾して、可愛い巨大なハートが屋根の上に座っているゴシック調のカフェへ入る。

 三人は適当に空いている席に着き、注文を聞きにきたウエイトレスに、クリームメロンソーダとアイスティーとホットコーヒーを頼んだ。

「で、ファンタジックエクスタシーライドの乗り心地はどうだったの?」

 さっそく美智瑠がテーブルに身を乗り出して切り出す。

「それが、もうすんごいのよ。回ったり曲がったり進んだり回ったりの繰り返しで、自分が何者なのかも忘れるくらい振り回されてさ」

 美智瑠の目の前の席に座るタケルが、身振り手振りを交えながらファンタジックエクスタシーライドに乗った感想を話す。

「そうそう! 自我が崩壊するよね。私なんて途中で意識飛びそうになったもん!」

 美智瑠は左隣にいる愛美の話にもきちんと耳を傾けて、一瞬言葉を詰まらせた。

「そ、そうなんだ。……なんかよく分からないけど、とてつもなくヤバい絶叫マシンなんだってことは分かったよ……」

「一生に一度は乗る価値があると思うから、美智瑠も乗れば良かったのに。ねえねえ、今から私と一緒に挑戦してみない?」

「ううん! 絶対やだ! だって、自分自身が壊れておかしくなっちゃうんでしょ? そんな絶叫マシンになんて絶対乗りたくない!」

「乗らなきゃ絶対損だよ! 乗る前は怖くてたまらないかもしれないけど、いざ乗ってみるとエクスタシー感じて天国まで行けるから」

「な、なにそれ……? そんなの怖すぎるよ! 絶対やだ! 私、まだ死にたくない!」

「超快感なんだって! すごい楽しかったから、後で乗らなかったことを後悔して泣きベソかいても知らないよ~」

「乗って後悔することはあっても、乗らないで後悔することはない気がするからいい!」

 愛美と美智瑠の言葉の応酬を、タケルはにやにやしながら聞いている。

「ちょっと、タケル! 何笑ってんのよ!」

 タケルの微笑に気が付いた愛美が突っ掛かりにゆく。

「いや、別に」

 タケルは満面の笑みを浮かべて首を捻った。

「でも、何かあるから笑ったんでしょ?」

 愛美はさらに突っ込んで尋ねた。

「いやいや、お二人が仲良しで微笑ましい限りだなぁと思って」

 タケルは飄々とした態度を貫き通す。

「微笑ましい……?」

 美智瑠が不思議そうな顔をして口を挟んだ。

「うん」

「……確かに。いつも従順で良い子な美智瑠が、あんなに感情的に嫌がるなんて初めてのことだよね? 私はようやく腹割って話せたような気がして楽しかったよ!」

 愛美が溌剌として勝ち気そうな眼差しを美智瑠へ向けて言う。

「……そ、そうかな? あ、ありがとう」

 美智瑠は、徐々に愛美の隠れていた本性が見えてきたように感じて、少し動揺した。

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