5.大切な人を救う物語
私は、砂浜に来ていた。
ある人と一緒に。
でも、その人は、急に意識を失ったり、記憶を失ったりする。
だけど、とても大切で、大好きな人。
私は、その人の手を取り、砂浜に並んで座った。
今日は、すごく楽しみにしていた日だ。
8月26日の花火大会。
何度繰り返したか分からない8月26日。
別の私が経験した事が、脳に流れ込んでくるせいで、知ってしまいる日。
葉月君は、分岐の時の記憶を持っているけれど、その分岐の世界に居る私は、それ以前の記憶を持っていない。
なんて皮肉な話なんだろうか。
でも、今日は、私が経験する日だから、特別だ。
「ねぇ、葉月君。この花火大会って知ってた?」
私が質問すると、葉月君は「ううん」と短く答えた。
正直、声音じゃ感情は分からない。
だけど、葉月君は楽しんでくれてるんだと思う。
そう思わないと、やってられないしね。
私は「そっか」と短く返した。
私の記憶も、時々、無くなってほしいなと思ってしまう。
分岐の世界の私がうらやましい時もある。
だけど、そこの私は、目の前で葉月君を失って、過去も、その原因も知らずに、一生を過ごさなければならない、可哀そうな私だ。
いつか、葉月君が、助けてくれる。
そう信じている。
だから私は、葉月君を救わないといけない。
今回の葉月君は、消失点から飛ばされる、10歳の世界から来たらしい。
そこは、私もまだわかってない場所。
10歳の世界に、何があるのだろうか。
基準の世界だろうと、分岐だろうと、消失点で葉月君が死んだら、基準の10歳の世界に飛ばされるという事だけ分かっているが……それも、元々の10歳の葉月君が経験した出来事とは違うらしい。
今の私の目的は、その、元々の10歳の葉月君が何を経験したかを知る事。
私は、真っ暗な空を見上げた。
今は、忘れて、楽しもう。
次の瞬間。
空に数本の線が打ち上げられた。
ひゅ~、と音を立てて飛んで行ったその線は、少し間を置いて、花を咲かせた。
赤・青・緑・黄色。
次々に打ち上げられる花火は、色や形を変えたり、キャラクターを作ったり、見る人を飽きさせないように、創意工夫されているようだった。
私はこの、色褪せない花火が大好きだった。
私は、消えていく花火を見て、少し寂しくて、左に座る葉月君の方へ、肩を寄せた。
トンっと優しく触れた肩からは、葉月君の暖かさを感じた。
とっても硬くて、頼りになる肩も、今は、私が守ってあげなければならない。
そんな、愁いを覚えた時。
小さく。
「天神」
と、葉月君の声が聞こえた。
私の心臓はキュッとなり、次の瞬間には、バクバクと音を立てて鳴っていた。
私はそれを隠すように、至って冷静に返した。
「何? 葉月君」
その直後。
バンっと爆音が夜空に鳴り響いた。
空を見上げていなかった私は、不意を打たれたようで、凄く驚いたが、私はそれを必死に押し殺した。
息も荒くなってしまっているだろう。
私は、息を止めたくなったが、それも、次の瞬間に打ち上がった花火のおかげで、その必要は無くなった。
七色の花が咲き、バンっと音を立てた。
余りにも綺麗で、私は息を呑んだ。
この花火を、私は知っている。
あの時は、遠くから見ていた花火だ。
私が感動していると、葉月君が突然頭を押さえて蹲った。
私は咄嗟に声を掛けた。
「どうしたの? 大丈夫?」
その声を聞いてか、葉月君はゆっくりと顔を上げた。
私は、花火を見るのを止めて、その葉月君の横顔を見つめていた。
私は、我慢できず、声を漏らしていた。
「おかえり、葉月君」
私の頬を、涙の粒が伝っていった。