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漂泊のベノス  作者: ism
【第五部・漂泊者の帰趨】

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蒼き竜とモナルカの魔人

目隠しの男は細身の刺突剣を、口元を隠した女は手の甲に鉤爪をつけおり、瞬時にエルトロの目の前まで距離を詰め武器を高速で振り下ろした。


…が、エルトロの姿はすでにそこにはなく、一瞬で2人組の頭上に飛翔しドラゴンの姿に変化。強烈な風のブレスを放った。


爆風が大地を抉り、森中に衝撃が伝わった。

「おわぁっ!」

近くの木々に身を隠していたタウザール達は堪らず声をあげる。


ブレスをかわし、滞空するエルトロの左右にまたも瞬間的に距離を詰めてきた2人組は再度攻撃を繰り出す。


その攻撃を予測していたかのようにエルトロは身体をぐるんと一回転させる。魔力を帯びて鋭い刃と化したエルトロの翼と尻尾は2人組の武器を砕き散らした上、素早く身を引いた彼らにも手傷を負わせた。


傷から鮮血を撒き散らしながら地上に着地する2人組。


エルトロもその巨体からは想像も出来ない速さで音もなく地上に舞いおりた。

「もしかしたらスピードには自信があった?だとしたら相手が悪かったねえ」

エルトロは余裕の態度で襲撃してきた2人組に話す。


「姿を変える」

口元を隠した女はそう一言呟くと、一歩前に出て魔力を高め始めた。

足元まである長いローブの中がモゴモゴと蠢き、肥大化していく。

上半身は女の姿のまま、下半身だけ巨大なカマキリのような形に変貌する。

口元の黒い布をとると美しい顔が見えた。

…と思ったのも束の間、みるみる口元は裂け顎がガクンと落ち大きく開いた。

腰の辺りから現れた鎌の腕とさらに背中から生えてきたもう一対の長い鎌の腕を擦りあわせながらエルトロににじりよる。


異形に姿を変え、先程同様に凄まじい速さで距離を詰め4本の鎌で襲いかかるもエルトロは難なく翼や尻尾、爪でそれらを防ぐ。

「ドラゴンの身体にそんなモンが通るとでも…」

言いかけた次の瞬間、エルトロは後方に吹き飛ばされてしまう。


人間の姿である上半身の放った魔法をうけてしまったのだ。

ドラゴンの身体はいわゆる“抗魔常態”で、通常の魔法はほぼ通じない。通じるとすればメレラやザンデロス、ディアボリカ級の“超”高レベルな魔力保持者の攻撃だけだろう。だがこの2人組にそこまでの力があるとは思えない。


焼かれたわけでも切り裂かれたわけでも凍りつき砕かれたわけでもない。

エルトロは、小さいもののまるで部分的に抉られたような、そこだけ瞬時に消失させられたような魔法傷を見て違和感を持った。

そして瞬時に理解した。

「…属性を持たない魔法か」


「抗魔常態とは、魔力に抵抗力があるという事ではない。火や風、光といった属性を持ち“火炎の魔法”“竜巻の魔法”などとなって放出されたものに耐性があるということ。故に、ナチュラルな状態で放出された“破壊を目的とした攻撃的な魔力”はいかなるものにも通じる。例え強靭な表皮をもつドラゴンであろうと、“福音”を受けた者であろうと、強力な防御結界であろうとな」

目隠しをした男は淡々と説明した。

ドラゴンに変身できるエルトロや、巨人化したラブロウの閃光魔法も無効化したベノスであっても問題なく攻撃を加えられる者を寄越したという、モナルカ、いやディアボリカのメッセージだろう。


“無属性魔法”についてはエルトロも話には聞いたことはあっても見たことはなかった。

おそらくドラグガルドにも使える者はいないだろう。

それは修得にかなりの難易度があることを意味する。


「どうやってこんな魔法を…」

「知ってどうする。これから死ぬお前が」

異形化した女と目隠しの男は同時に無属性魔法を放った。

しかしスピードにおいて上回るエルトロは魔法をかわしながら高速で間合いを詰める。だが異形化した女も負けておらず、巨大な4本の鎌でエルトロの爪や翼に応戦しつつ、魔法を放つ。小さな傷が少しずつ増えだすエルトロ。

「クッソ…!」


「ドラゴンは任せるとしようか」

目隠しの男はロンボルト達の方を向くと、静かにそちらに歩み始めた。


「来るな!射つぞ!」

タウザールは弓を目隠しの男に向かって構えた。

スリッグスも手斧を構える。


構わず向かってくる男に向け、タウザールは矢を射る。矢は男の眉間に目掛けて飛んでいったが、男は容易く指で弾き落とした。

スリッグスとタウザールは、ベノスを守るように男の前に立ち塞がる。

だが男が掲げた手をヒュッと軽く振り下ろした次の瞬間、スリッグスとタウザールは胸や太ももから血飛沫を散らせて倒れた。

「タウザール!スリッグス!」

ロンボルトが声をあげる。

「殺しはしない。お嬢様からベノスの態度が硬化せぬようできるだけ周りの人間は殺さないよう仰せつかっている。まぁ、できるだけ、だがな」

男はわずかに微笑んでロンボルトと意識のないベノスを見下ろした。


「やべェ…!こうなりゃやるしかないな」

異形の女との予想以上の攻防に動きを封じられてしまっているエルトロはその様子を見ながら、危機を感じある行動を試みる。


((((聞こえるか!ベノス!オイ!))))

エルトロはベノスの頭に強烈な“念話”を送った。

高出力の、普通なら昏倒しかねないほどのテレパシーだ。

「ぐあぁ!」

キーンという凄まじい耳鳴りと共に、ベノスは飛び起きた。


「ベノス!」

ロンボルトはベノスに声をかける。

「チッ…大人しく寝ておけば良かったのに…まあいい」

目隠しの男は、軽く手を払ってロンボルトを軽々と跳ね除けた。

「うぉっ!」

吹き飛ばされ木に叩きつけられるロンボルト。


「な…なにをするキサマ…」

その様子を見て、まだ意識が混濁する中なんとか抵抗をしようとするベノス。


エルトロから再度、念話が送られて来た。

今度は通常の“音量”であった。


(ベノス!そいつはモナルカだ!お前の昔のツレを利用し混乱させてディアボリカんとこに連れて行こうとしてたんだ!ドラグガルドのマントと魔法剣はお前がツレと話してた場所に置き去りにされてる!早く“呼び戻す”んだ!)


はっきりしない意識でなんとかエルトロの言葉を整理しようとするベノス。

(モナルカ…?!マントと剣…呼び戻す…?どうやって)


エルトロが再び呼びかける。

(アレは今お前のもんだ!強く念じれば一瞬で手元に飛んでくる!)


「立て」

目隠しの男はベノスの腕を掴み強引に立たせようとした時、血まみれで倒れるタウザールとスリッグス、木の根本で意識を失っているロンボルト、モンスターに応戦するドラゴン姿のエルトロがベノスの視界に入る。


目隠しの男を無言で睨みつけるベノス。

「歩け、さっさとしろ」

男が冷たい口調で言い放った次の瞬間、風を切って飛んできた“何か”が、ベノスと男に爆風をあげながらぶつかった。

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