隠伏する魔犬
エンリスがアフを連れ姿を消した。
その話にベノスはかつて村がリザードマンに襲撃された時の混乱を思い出した。
「まさか、村の連中が先生に治療行為を無理強いしたんじゃあ…」
ベノスの言葉にティアミーは無言でうなづいた。
「先生、エンリスがドラゴンどもとやり合ってる間、避難する人達を魔法でずっと護ってくれててよお。みんなでなんとか安全な所にたどり着いた時にゃ相当疲弊してたんだ。なのに一部の奴らが怪我した家族を治してくれって先生に詰め寄ってさあ。それを見たエンリスがブチキレちまって…」
スリッグスは悲しげな顔でいきさつを話し、ティアミーも付け加える。
「エンリス、村の人達を傷つけるようなことはしなかったけど、魔力の使いすぎで気を失っちゃった先生を咥えてどこかへ…」
2人の話に、眉をひそめ一言
「そうか…」と答えた。
自惚れかもしれないが、自分がいればその場をおさめられたかもしれない…詰め寄った村人達より肝心な時に不在だった自分を責めるような気持ちだった。
「アフ先生はこのままエンリスとどこかに逃げていくような人じゃないだろう。落ち着けばエンリスを諌めて戻ってくるさ」
「だといいけど…」
不安そうなティアミーにベノスは言葉をかける。
「俺もすぐ村に戻る。今王都の近くにいるから少し時間はかかるがなんとかみんな頑張ってくれ」
しかし3人は“王都にいる”と聞き、一斉にええっ?!と驚いた。
「王都?!いや、ブラックドラゴンに攻め落とされてメレラの居城になってるんだろ?!なんだってそんな所に…?!」
信じられないといった顔のジャルガが鏡に大写しになる。
「詳しい経緯はまた会って話す。…そうだ、ジャルガさんに頼みがある。たしかメクスドラの王国関係者にツテがあったよな?すぐに伝えてほしい。勇者ラブロウと竜の王子ザンデロス、そしてその下臣達がメレラを撃退し、ハーズメリア王都を解放したとな」
ジャルガはさらに混乱したような顔で声を荒げる。
「なにぃ?!メレラは倒されたのか?!でなんでお前がそんなこと知ってるんだ?!」
ベノスはジャルガにさらに続ける。
「メクスドラが軍をこちらに差し向けたりする前に伝えて欲しいんだ。そして出来るだけ広くこの事を伝えてほしい。ハーズメリアはまた人々の手に戻ったと。俺も早くみんなの救援に向かいたいし、今はあまり長々と話せる状況じゃないんでな」
ベノスの話を横で聞いていたキーラは邪魔にならないよう静かに
「あらベノス殿、気にせずお話を続けて構わないですよ?」
と呟く。
鏡にうつりこんだキーラの姿を見たティアミーは
「え?!だれ?!すごい美人!!」
と即座につっこんだ。
「色々と世話になった恩人だ。ともかく2人を含め逃げ延びることができた村人たちがいるとわかってよかった。俺もすぐヘキオンに向かう。ジャルガさん、さっきの件よろしく頼んだ」
ベノスはそういうとキーラに通信を終了してくれと合図する。
キーラは、いいの?という顔で魔力の集中をやめると、鏡は通常の鏡面に戻った。
「よかったんですか?お話を続けてもこちらは特になにも問題は」
キーラの問いかけにベノスは
「いいんだ。予想外だったがヘキオンのあの状況から無事に助かった者がいたと確認できたし、用件も伝えることができた。やるべき事も明確になったんでね。ティアミー…あの女の子と話し出したら根掘り葉掘りで1時間じゃすまないぞ?」
とこたえ微笑みかけた。
「犠牲になった者は残念だったが…生き延びた者達がいるってのは不幸中の幸い。みんな助けが必要だろ、早く行かねーとな」
ザンデロスはベノスに言葉をかけた。
「ありがとうザンデロス、随分と世話になった」
ベノスは礼を言うとザンデロスと固く握手を交わす。
「全部ケリがついたら必ずヘキオンにむかう。祝杯をあげようぜ!」
「ああ、必ずな。待ってるよ」
互いに笑顔で応え、再会を約束する。
「ひとつ興味本意で聞くが…巨人からラブロウを引き摺り出した後、あのバカにもし普通に意識があったら…どういう言葉を交わそうと思ってたんだ?」
ベノスはうーん…と少し考え、
「無我夢中だったんで何も考えちゃいなかったな…。そうだな、決闘の続きをしに戻ったぞ、とでも言ったかもな」
と答えた。
「ははは、そりゃあいいな」
ザンデロスも内心2人の再会をわずかに案じていたようで、ラブロウがベノスのことを知らぬまま別れることに妙な安堵をしていた。
「ま、あのバカのことは気にせず俺に任せとけ。お前にゃお前の戦いがあるだろうしな」
ザンデロスの気遣いにベノスは
「…ありがとう。もう勇者との悪縁は荷が重いと感じていたんでね」
と返した。
「あともうひとつ。モナルカのことだ」
ザンデロスの言葉に下臣達の表情も変わった。
「近いうちに必ず、お前のもとに姿を現す。俺らもいずれはアイツらを殲滅するつもりだが、まずはメレラが先決だ。そこで提案なんだが、お前にひとり護衛をつけたい。…どうだ?」
思わぬ申し出にベノスは驚いた。




