阻まれし聖者の行進
歩みを止めない巨人の足にしがみつき、ぐんぐん登りはじめるベノス。
「ガキの頃から木登りは得意でね!こいつは突起が多くて実に登りやすい」
巨人の体はまるで鎧を装着した騎士のような造形のため、ベノスの言う通り手足を引っかけられる凸凹が多い。
巨人もたまらずベノスを振り払おうとするが、すでに腰のあたりまで登ってきたベノスは片手でぶら下がりながら剣で斬りつける。
「ジャマするなよ。これからお前の“中身”を取り出すんだからな」
そう言ってなんとかベノスを振り払おうとする巨人の手を制しつつさらに登り、背中、人間でいう肩甲骨あたりにまで到達。
水晶のように透けた体の奥──ちょうど心臓部あたりに、目を閉じて浮遊するラブロウの姿が見える。
「さぁいくぞ!」
ベノスは、掛け声とともに剣を背中に深く突き刺し一気に引き裂く。
オ、オ、オ、オ…
唸り声とも鳴動ともつかない音を出し、身体をそらす巨人。
すぐさま修復がはじまる巨人の体をさらに深く斬り進めるベノス。
「もう…少し…!」
大きく裂けた背中に体をねじり入れ、ベノスは意識のないラブロウに思いきり手を伸ばす。分厚く硬い表皮とは違い、中身はまるでゼリーのような質感だった。
つい10日ほど前、ドワーフの遺跡で暴走したエルフと戦った時のことを思い出し、物質化した魔力なら内部の“本体”に到達出来ればなんとかなるかもしれないと考えての行動だった。
斬り裂いた裂け目がどんどん塞がっていく中、必死でさらに奥へと手を掻き分け伸ばす。
「くっ…!と・ど・け…!!」
ついに、ベノスの手がラブロウの肩を強く掴んだ。
同時に、巨人の手がベノスの足を掴む。
ベノスはニヤリとして呟いた。
「そのまま引きずりだしてみな!」
ベノスがラブロウに到達していることより体内の異物を取り出すことが先決と判断したのか、その言葉に応ずるように巨人は体内に潜り込んだベノスを勢いよく引っ張り出す。
ベノスが固く掴んだラブロウとともに。
ラブロウという“核”を、自らベノスごと内部から引き摺り出してしまった瞬間、静止した巨人は古木が朽ちるように崩壊していく。崩れ落ちた部位は次々霧散し、瞬く間に巨人の姿はなくなってしまった。
ラブロウを空中で抱きかかえ落下するベノス。
ドラグガルドの魔法衣はふわりと広がるとベノスの落下速度は緩まり、ゆっくり浮遊しつつそのまま静かに着地した。
呼吸はしているものの依然として意識のないラブロウ。
「生きてるようだな」
ラブロウをおろしてその場に座り込むベノス。
「全く…なんて無茶なことばかりするの貴方は…」
そこへ竜の姿で飛来したキーラが人間態に戻りながら声をかけた。
一方、激しい攻防を続けながら意外な事態に驚きをかくせないメレラ。
「…聖者たる巨人を人の手で崩壊させるとは…どういうつもりだ?気でもふれたか?
このまま巨人がこの場まで到達すれば、この“魔”たるメレラを滅ぼせたかもしれぬものを。そんな千載一遇の機会をドブに捨てるような行為。理解できぬわ」
ザンデロスは吐き捨てるように言い放つ。
「なーに言ってやがる。正々堂々勝負して散りたかったとでも言うつもりか。ヘドが出るぜ。見境なく攻撃するラブロウを利用して上手くトンズラするか、俺と同士討ちさせようって魂胆なんざ見え見えなんだよ!」
見透かされたような言葉に表情を崩さないメレラ。
ザンデロスはさらに続ける。
「恐らくベノスも同じことを考えたんだろうよ、お前がこの混乱に乗じないハズがないってな。だから暴走するラブロウを命がけで止めたんだよ。…そして、邪魔さえ入らなきゃ俺が必ず勝てるってこともな!」
言い終わると同時に、渾身の攻撃を放つザンデロス。
「邪魔が入らねば…だと?笑わせるな!」
メレラも最大級の魔法攻撃を放射。
両者の魔力がハーズメリア城上空で激しくぶつかり合い、飛び散った魔力片が辺りに降り注ぐ。
ハーズメリアの決戦は、今まさに最後の刻をむかえようとしていた。




