勇者の影を歩む者・ベノス
不意をつかれベノスに足首を斬られた巨人はバランスを崩し、大地に倒れ込んだ。
ベノスは足を切断するつもりで斬りつけたが、巨人の足首は皮一枚で繋がっており、みるみるうちに修復されていく。
「傷を負わせることはできるようだな」
すごい早さで塞がっていく傷をみながらベノスが呟いた次の瞬間、巨人は身体を起こしながら片腕をブォンと振って傍のベノスを弾き飛ばした。
「ぐあぁっ!!」
弓から発射された矢のごとく数十メートル吹っ飛ばされ、薙ぎ倒された森の木々の中に突っ込んだ。
ドラグガルドの魔法衣に護られているベノスは並大抵の攻撃に負傷を負うことはまずないが、さすがにここまでの衝撃はこたえたようで身体中に痛みが走る。ふらつく頭でなんとか身体をおこし巨人の方に目をやった。
「まずい!」
巨人の目がキラッと瞬いたと同時にベノスの周辺の大地は爆裂してめくれ上がる。
周囲の木々ごと爆風に吹き飛ばされるベノス。
巨人はフラリと起き上がり、治りかけの足を引きずりながらハーズメリア城に向かってまたも歩み出す。
竜に身体を抱えられ空中から巨人を見るベノス。
負傷したデズオンを避難させ、戻ってきたキーラが吹き飛ばされたベノスをうまくキャッチしたのだ。
「ベノス殿!無茶はやめて!」
「すまん、キーラ殿」
地上に降りベノスを下ろしたキーラは、竜化を解き人の姿に戻る。
「…一旦退きましょう。デズオン様とエルトロは戦える状態ではないですしラブロウ殿があれではこちらも満足に動くことができません」
「ザンデロスは?撤退しようと言っても耳を貸すまい。今もメレラと戦いながらラブロウの方にも注意を向けている。早く何とかしないとザンデロスが持たないぞ」
ベノスは巨人に対してまだ何かやるつもりのようだ。
「無理よ!我々ならともかくただの人間の貴方には!それに、見境はなくともあの巨人は勇者…“魔”を滅ぼす“聖者”たる宿命を負った者なのよ?!それを斬りつけるなんて…!」
キーラは無謀にもみえる特攻を再度かけようとする気のベノスに声を荒げる。
「…勇者を斬りつけるのはこれがはじめてじゃない。今回は殺すためじゃなくて“救う”ためだがな」
ベノスは巨人に向かって再び駆け出す。
「待ってベノス殿!」
森の木をメキメキと踏み倒しながら進む巨人の歩みは、斬られた足の負傷のせいかかなりスローペースだ。
吹き飛ばされ負傷したベノスの足でも巨人にすぐに追いついた。
巨人の足元を駆けながらベノスはまだ騎士団少年部にいた日々のことがふと頭をよぎり、少しばかり懐かしい感覚が胸によみがえった。
ふふ、と自嘲するような笑みを浮かべ、思った。
「…殺してやろうと思ったほど憎かったヤツを、今なんとか救おうとしてるなんて、因果なものだな…」
「ベノス殿!逃げて!!」
後方からキーラの声が聞こえたその刹那、いつのまにかベノスの方へ顔を向けていた巨人の目から閃光がベノスに向かって放たれた。
激しい光とともに大地は焼かれ、凄まじい熱をおびた爆風が広がる。
キーラは堪らず結界をはって防御する。
「そんな…ベノス殿…」
光線がベノスに降り注いだのをはっきりと見たキーラは、彼の死を確信した。
再び歩み出す巨人。
ベノスの言う通り、巨人をこのままザンデロスの方へ近づけるのはなんとか阻止すべきだが、大地を焦土に変えあのデズオンに深い傷を負わせるようなものを自分がどうにか出来るのか?遠巻きから巨人の様子を伺うだけで身動きの取れないキーラ。
…その時、視界にあるものが映る。
先ほど光線で焼きつくされた場所の中央に動く人影。
そこには、無傷のベノスがいた。
「え?!ベノス殿?!」
キーラの驚きをよそに、ベノスは再び巨人に向かって走り出す。
ベノスの胸の魔法傷がわずかに疼きながら光を放っている。
「やはりな。魔法傷のお陰で俺の身体は巨人の攻撃を完全に無効化しているようだな」
実は先ほどエルトロの背に乗って巨人の注意をひきつけた際、エルトロだけでなくベノスも光線に撃ち抜かれていたのだ。
“死…!”と感じながら撃ち抜かれた身体を触るが、何の傷もない。
振り回した腕に吹っ飛ばされたベノスに向かって放たれた光線も、爆風で吹き飛ばされはしたもののやはり光線の強烈な爆熱に焼かれることはなかった。
そしてこの至近距離の直撃でさえ一切の傷を負うことはなかった。
「さてラブロウ!そろそろ起きてもらうぞ!」
巨人のすぐ足元を走りながら、ベノスはドラグガルドの魔法剣を逆手で持つ。
巨人の歩みにタイミングを合わせて大きく跳躍したベノスは、なんと巨人の足にしがみつき、よじ登りはじめた。




