ピットー達の回顧
──ハーズメリア王都南方のラブロウ支援団の施設。
ハーズメリア王都へと飛び去った謎の光球を目にしたメンバーは気がそがれたため話し合いを中断、しばらく休憩することに。
施設の外でひとりブラックドラゴンの襲来を警戒するゼラーに、ピットーとジロッサが声をかける。
「ゼラー教官。みんなの手前もあり昨日はあまりお話しできませんでしたが、これまでのこと、話せる範囲で結構ですのでお聞かせ頂けると有難いです」
ピットーの丁寧な言葉に
「ああ、もちろん構わんよ」
と快く返答するゼラー。
「…なぜ少年部の教官をお辞めになられたのですか?」
「お前たちも深くかかわった…“あの者”の死の報せを聞き、考えた末に職を辞する決断をした」
質問したジロッサは表情を曇らせる。
─“あの者”…ベノスのことだ。
「ベノスの傲慢さを諌めることが出来ずあのような凶行に走らせてしまった挙句、放浪の末に惨めに野垂れ死にさせてしまった。騎士道のなんたるかを教示することはおろか“心”を育てることさえできなかった私に教官たる資格はないと思ってな。お前達2人に対してはあの事件以前から出自や人格をも否定し侮辱する振る舞いがあったとも聞いた。気づくことができず、すまなかった。私の落ち度だ」
ゼラーは2人に後悔と謝罪の言葉を口にした。
「僕らはゼラー教官からはたくさんのことを教わりました。教官が謝ることなど何もありません。ハーズメリア王都の壊滅から逃れておられてよかったです」
ピットーの言葉に複雑な表情を浮かべ
「教官を続けていたら間違いなく巻き込まれて死んでいただろう。自身への失望や後悔から生を拾うことが出来たわけだから運命とは数奇なものだ」
と答えるゼラー。
「…あんな奴の末路をゼラー教官が重く受け止める必要はありませんよ。周りに悪意をむけなければ野良犬のように死ぬこともなかった。自業自得だ」
ジロッサはベノスに対しては今も強く思うところがあり厳しい言葉を口にする。
「お前たちは侮辱され剣まで向けられたのだ、そう思って当然だろう。ただ…訓練生の皆が若さ故の弛みや甘えがある中、手を抜くことなく訓練に向き合い自己研鑽を絶えず重ねる姿勢には感服するものがあった。能力的にはすでに正規騎士団員と遜色なかっただろう。…どこかで他者に対する傲慢さをあらため、人を思いやることが出来ていれば…いずれ騎士団、いや王国軍を率いる存在になっていたかもしれん」
いささか過大評価なようにも聞こえるが、傲慢な振る舞いをしていたとはいえ熱心に訓練を行い、高い能力を持っていたベノスを間近に見ていたジロッサとピットーはゼラーのベノスを評する言葉に否定を挟むことはなかった。
「痛ましい最期をむかえてしまったベノスと違い、お前たち2人は騎士団少年部の者が最も学ばなければならぬもの…“義の心”をきちんと修得していた。信頼できる仲間を得てラブロウとともに邪悪な者と戦い続けているのが何よりの証拠。立派に成長してくれたことは今の私にとって最も誇らしいことだ」
と、今の2人の活躍を讃えるゼラー。
「ありがとうございます…ゼラー教官」
思わず涙ぐむピットー。劣等生として少年部での日々を過ごしていたピットーにとってそれはこの上ない賛辞だった。
「ははは、なに泣いてんだピットー!」
笑ってごまかすジロッサも、ゼラーの言葉は胸に迫るものがあった。
ピットーはぐいと涙を拭うとあらためて質問を投げかける。
「それにしてもあの庭師のおじいさんが前国王陛下だなんて思いもよりませんでした。宮廷の人達はみな知っていたことなんですか?」
「いや、表向きは王都から離れた邸宅で隠居生活を送られているということになっているんだが、身体を動かしていないと落ち着かない性分だと申されてな。騎士団長の了解のもと極小数の護衛をつけこっそりと城内に戻られて庭師に紛れて庭園の整備をされておられたのだ。で私はその護衛の任に就いていたというわけだ。ブラックドラゴンの襲撃時、ちょうど邸宅にお戻りになられる陛下に同行していたお陰で命びろいをした」
ゼラーの説明に、庭師に“扮した”前国王陛下とのやりとりを思い返す2人。
「いやあ…全く気がつきませんでしたよ。気のいいおじいさんとばかり…。でも、ベノス達に押し付けられた雑用を手伝っていただいたり成績がよくなくて落ち込んでいた所を優しく声をかけてくださったり。正直ものすごく感謝しています。とても励みになりました」
ピットーはとても前国王とのことは心に残っているようで嬉しそうに当時をふりかえった。
一方ジロッサは、前国王の事に話が及ぶと落ち着かない様子で目を泳がせている。
「…今更謝罪しても遅い…かなぁ〜」
もじもじと呟くジロッサにピットーは目線をむける。
「いや、陛下になにやったんだよジロッサ!」
「あ、いやその…庭師のジジイは近づくなっていっちゃったり…突き飛ばしたり…」
「うわぁ最悪だ」
思わず頭を抱えるピットー。
「ふぁっはっはっ。気にしとらんよジロッサ」
いつの間にか背後にはフロウド前国王が立っており、ジロッサに声をかける。
「フ、フロウド陛下!あ、あの時は数々のご無礼を…どうかお許し下さい!」
「ゴルドルム家の子息はなんと不遜な輩か、と驚いたが…その後の支援団の活躍を耳にし、わしも嬉しく思うておったよ」
「その、あの頃は大変な世間知らずでありまして、今考えるととんでもなく無礼な態度をとってしまい…なんと謝罪したものか…」
しどろもどろになるジロッサに
「あの頃ってまるですごい昔みたいに。つい一年ちょっと前の話だろ。不遜なところは大してかわってないし」
とピットーにつっこまれはげしく狼狽るジロッサ。
「う、うるさいな!」
「はっはっは、男子三日会わざれば…というやつだ。2人とも実に立派に成長しておる」
必死で過去の非礼を詫び恐縮するジロッサに、懐深い態度で返すフロウド前国王。
ゼラーはその光景感慨深そうに見つめていた。




