騎士団少年部行軍演習③
「………!!!」
驚きと恐怖のあまり、悲鳴も出ないジロッサ。
ジロッサの顔めがけフンババの巨大なヒヅメが振り下ろされようとした瞬間、ラブロウの魔法の光弾がフンババの顔に放たれた。
フンババは魔法が直撃し前足をあげ大きくのけぞった。
「早くこっちへ!」
ピットーがジロッサにむかって叫ぶと、ジロッサはゴキブリのようにラブロウの足下に駆け寄った。
魔法はフンババの顔面にヒットはしたものの、表皮を少し焼いた程度だった。
「…くっそ〜あんまり効いてねえ…!」
ラブロウの言葉にカムラが静かに返す。
「コイツ…たぶん抗魔常態のモンスターだ」
抗魔常態。
通常、魔法攻撃を緩和するにはそれに対する保護魔法を張ることで対処するのだが、モンスターや亜人種の中にはそういった方法をとらずとも常時魔法による攻撃全般に対して高い耐性を持っているものがいる。
ラブロウが生まれつき高い魔力を持ち魔法攻撃が行えるのと同様に、モンスターの中にもそういった特性を備えた個体が存在するのだ。
「魔法が通じないってことだろ…どうしたら…」
ピットーは剣を持つ手が震えていた。
そんなラブロウ達をよそにフンババはジロッサの荷物に顔をつっこみ漁りだした。
「よし、荷物に気を取られているスキに静かに後退して逃げ…」とラブロウが言い終わる前に、山中に響きわたるような凄まじい雄叫びをあげ、フンババが荷物から顔をあげた。
口には乾燥した花が咥えられおり、激しくグッチャグッチャと咀嚼している。フンババの汚く醜い顔はみるみる紅潮し全身を激しく振るいだす。明らかに興奮状態だ。
「来るぞ!みんな別方向に散れ!」
ピットーは右後方、カムラは左後方へ駆け出す。だがジロッサはピットーの後ろをついていく。
「おいてかないでえ!」
大泣きでついてくるジロッサにピットーは
「固まって逃げると追いかけられるだろー!」
と叫ぶ。
まっすぐ突進してくるフンババにラブロウは陽動で2、3発魔法を撃ち込むもやはり効かず、そんなものはものともせずラブロウに向かってつっこんで来た。
「ラブロウ!」
カムラの声がこだまし、フンババが目前に迫る瞬間、横へ飛び紙一重で突進をかわすラブロウ。
フンババはそのまま木々を薙ぎ倒して直進し、数メートル先で身を翻す。
「なんとかなりそうだ!…おっと」
華麗に身をかわしたように見えたが、フンババの角の切先がラブロウの服をざっくり切り裂いていた。
「タイミングはもうちょい早めか…みんな、早く出来るだけ遠くへ逃げるんだ!
お前はこっちだジンメンウシ!」
ラブロウはまるでいたずらっ子が小石でも投げるように魔法を連続で撃ち込む。
フンババは雄叫びをあげながらラブロウに突進して行く。
「イェーイ、こっちだ!ついてこーい!」
まさしく猿のように身軽に真っ暗闇の森の中を駆け抜けながら時折魔法を撃ち込むラブロウと、障害物などまるでないかのように木々を薙ぎ倒しながらそれを追いかけるフンババ。
「確かこっちの方だったな…よし!」
森を抜け、視界が広がった場所で止まり破れた上着を脱いでフンババの方にむかって身構えるラブロウ。
「さぁ来い!」
さらにスピードをあげ猛突進するフンババ。
先ほどと同じくギリギリまで引きつけ、今度はジャンプしながら破れた上着をフンババの顔面に被せた。
と同時に角の切先を踏み台にさらに高く飛び上がる。
「よっしゃあー!」
フンババが勢いよく突進した先は──空中。
ラブロウのすぐ後ろは崖っぷちだったのだ。
そのまま身をよじりながら崖下に落下していくフンババ。
その巨体ゆえ落下時の衝撃は凄まじく、周辺に地響きがはしる。
あらぬ方向に曲がった足、自重で潰れ飛び出す臓物。崖の上から見ても即死したのはハッキリわかる。
すぐさまラブロウに駆け寄るピットーとカムラ。
「すごい…信じられない…」
この状況を切り抜けたラブロウに対する驚き、助かったという安堵感でどうにも形容し難い表情のピットー。
「全く…お前ってやつは…」
大抵のことには動じないカムラもさすがに驚きを隠せない。
「よーし、飯食ってさっさと寝ようぜ!」
恐ろしいモンスターを相手にした後とは思えない、あまりに軽いセリフにピットーとカムラは思わず吹き出してしまった。
後ろでは気にもたれかかったまま今だに状況を整理できないぐしゃぐしゃの顔のジロッサが意味不明のひとりごとをブツブツつぶやいていた。




