巨獣
「皆の者、配置についたな?魔力を連携し、集中せい!」
デズオンの念話と同時に魔力を練るルドレオルザ、キーラ、エルトロ。
ハーズメリア城上空のブラックドラゴン達は依然こちらを見据えたまま羽ばたき滞空している。
「おのれ、何のつもりか…?!」
魔力を集中させながらも不動のブラックドラゴン達に不可解さを感じるデズオン。
今まさに魔法発動の手筈も整おうかというその時。
突然ブラックドラゴン達は左右前後にいる個体とギュウギュウと密着しだす。ぐにゅりと、ブラックドラゴン同士の身体が互いにめり込む。粘土のようにドラゴンの形も留めなくなってきはじめた。
「な、なんだありゃ?」驚きを隠せないエルトロ。
「…デズオン様!ブラックドラゴンどもが…“融合”しだして…!」
「好都合だわい!このまま、まとめて粉砕してくれるわ!」
キーラの念話を横目にデズオンの全身から凄まじい魔力が溢れ、一気に放たれた。
──黒衣の下僕たちを一心不乱に倒し続けるベノス。
ドラグガルドのマントと、モナルカの者達がいうところの“福音”。これらのお陰でベノスが闇の魔力でダメージを負うことはないが、疲労は少しずつ蓄積されている。加えて剣や槍を持って襲いかかるもの達も現れ、致命傷ではないもののいくつか手傷を負ってしまった。
デズオンからドラグガルドの魔法薬を譲り受けていたのだが、どこからともなく次々と現れる敵、絶え間なく続く攻撃に回復や治療を行う余裕もない。
しかし、いつものことだ。
思い返してみると、ベノスはこの一年こんな戦いばかり繰り返してきた。
ヘキオン村を襲撃したゴブリンの群れにはじまり、メクスドラの港を埋め尽くす半魚人、古戦場の地中から無数に這い出る骸骨兵、森の中から襲い来る大量の蠢く人面木。
あまりの数に、絶望感を覚えたこともある。
でも、いつも必ず生きて戻って来れた。
今回もきっと切り抜けられる。目の前の敵を斬り続ければ。
これまでのモンスター退治に思いを馳せながら斬り倒していたベノスだったが、ふと気がつくと黒衣の下僕たちは足早にその場を退散していく。辺りはベノスが斬った死体が残り、ベノスの荒い息づかい以外はしんと静けさに包まれている。
謁見の間へとつづく大階段の先から何者かが言葉を発する。
「…何者かとおもったが、その剣やマントの紋章…城の周りにいるドラグガルドの竜の仲間か」
ゆっくり姿を現した声の主の姿を見上げるベノス。
「…メレラか」
まさかメレラが現れるとは…。ベノスは思いがけない邂逅に静かに体勢を整える。
「お仲間の竜どもが近くにいるとはいえ、ろくに魔力も持たぬ身で単身城内に潜入するとは見上げたものだ。では、お前は特別に私の手で葬ってやろう。ドラグガルドの竜どももすぐにあの世へ行くだろうからな」
「ドラグガルドの精鋭が?たかだか千やそこらのブラックドラゴンの幼体どもなんぞ、彼らの手にかかれば瞬く間に全滅するぞ」
戦いの高揚感からか、ベノスはメレラに怯むことなく言葉をなげる。
「くくく…はははは!お前たち、あれをただのブラックドラゴンの群れだと思ったのか?なんとおめでたいやつら」
メレラの話が終わるのを待たず、轟音と共に天井を突き破って真っ白い巨体がメレラの頭上に落下。
「ザンデロス!」
大階段を破壊しながらそのまま床も貫き地下までメレラを踏み抜くザンデロス。
「お望み通り“遊び”に来たぜメレラァア!!」
咆哮のようなザンデロスの声が王宮に響き渡る。
床に開いた穴からザンデロスとメレラ見下ろすベノスに
「さっさと離れろベノス!お前のことまで見てらんねえからよ!」と避難を促すザンデロス。
「ああ!」
返事と同時にベノスは踵を返した。
正面入口から王宮を出たベノスの頭上には途轍もない光景が広がる。
ドス黒い巨大な何かが、デズオンが放った雷とも炎ともつかぬ嵐のような強大な攻撃魔法につつまれ悶えうっていた。
「こっこれは…いかん!皆の者、離れい!!」
デズオンの念話とともにその場を離脱する竜たち。
魔法から解き放たれた漆黒の塊は、一気に形を伸張させてまるで巨大な蛇のような姿となった。
その体躯はハーズメリア城を二周するほどの長さと巨大さだった。
巨体を引きずる大きな音と振動が地下にいたザンデロスにも伝わる。
「なっ、なんだ?!何しやがったメレラ!」
ザンデロスに踏みつけられたまま、メレラは高笑いをしながら、まるで自慢のものを披露するかのように言い放つ。
「ははは…!ブラックドラゴンはただの構成物にすぎん。
地上の全てを食い尽くす“ランドワーム”のなぁ!」
その言葉が終わると同時にメレラの噴き上がる魔力がのしかかっていたザンデロスをいとも容易く吹き飛ばした。
毒々しい紫の魔力の渦から姿を現すメレラ。
複数の目、裂けた口。異形の顔がついた長く巨大な首がいくつも背後からもたげている。さらにそれらを覆うほどの深紫の翼を羽ばたかせゆっくり浮上する。
「さあ…遊びをはじめようか」




