異質な存在
「北方の軍事国家アークノス=ジークは長年に渡る魔法兵器の研究開発の末、意図的にインネイトを生み出すという技術を編み出したそうです。その人造インネイトで魔法兵団を編成、周辺国に侵略戦争をしかけましてな。侵略をしかけられたひとつの国と親交のあったドラグガルドは、助力の申し出を受け国王の指示のもと私どもを含む精鋭部隊を派兵。赴いた侵攻地帯で魔法兵団と交戦したのですが、その中にメレラがおったのです」
当時のメレラとの遭遇について語るデズオン。
「魔法兵団?!では当時から高い魔力を…」
「いやいや、脅威となるような魔力は感じませんでした。むしろ一般的なインネイト…魔法使いに比べても低いものだったと思います。ただ…異質な者だった。故に我々は覚えておったのですよ」
ザンデロスに匹敵する強大な力を持つデズオンをもってして異質と言わしめるメレラ。
「他の人造インネイトと違っていたと?」
「"他の者が放出した魔法を操って"おったのです。ただ息を合わせるとかタイミングを合わせるといったレベルではない魔法による集団戦法。ひとつの生き物のように唸り飛び交う無数の魔法…確かに初手には驚かされましたがそれもつまらぬ奇策。些末な魔力から練られた魔法なんぞどう襲ってこようが竜形態の我々にはどうということはありませんでしたがね」
と、デズオンは最初のメレラの印象を戦いを振り返り話す。
「…しかしヤツも、我々には魔法は通じぬとわかっておったのでしょう。その時は魔法兵団を囮に姿を眩ませました。ひとり遁走するために自身の仲間である魔法兵団を犠牲にするような下衆な輩とはこのデズオンも思いませんでしたわい」
「…で、その後は?」
「その数ヶ月後、アークノス=ジーク国内で内紛が起きたとの報告があり、勝機とみた周辺諸国の連合軍とともに我々も敵の拠点である帝都中心まで進攻しました。そこで帝都を焼き尽くしたメレラと二度目の遭遇をしたのです」
ベノスはさらに聞き返す。
「メレラがアークノス=ジークを滅ぼしたと?」
「はい。我々には及ばずとも最初の交戦時に比べれば格段に魔力が向上しておりました。更なる魔力増幅の施術が行われたか、自身で秘められた力を解放したのかわかりませんが…そこでも交戦の末、結局逃げられてしまい…」
「さらに時を経て力をつけ、モンスターや魔人を配下に魔法郷ソザリアに現れたということか」
「あそこで逃げられしまったのは我々の不覚。ソザリア侵略の責は我々にも一端があろうと、王子がソザリア解放のため旅立たれるきっかけとなったのです」
デズオンとの話に耳を傾けていたルドレオルザやキーラも
説明に加わる。
「我々が王子に同行せずドラグガルドに残ったのも、この時の逃走を許してしまったのが理由のひとつでもあります。まぁ、王子自身に同行をはねつけられたのもあるんですが…」
「というと?」
ベノスの問いにルドレオルザが答える。
「同じ轍を踏まぬようメレラの“ゲート”…逃走転移に対策を講じる必要があると我々は判断しました」
“ゲート”─
どんな長距離でもわずかな時間で移動できる異次元の通路。ベノスもかつてディアボリカのゲート移動に巻き込まれてディメナード家付近の山中からヘキオン村近くの森までワープしてしまったことがある。
「ダンジョンからの脱出のように予めマークしたポイントに短い距離を移動する程度ならそれなりの魔法使いであれば可能です。しかしどんな場所にもゲートを自在に展開できる者となるとそうはおりません。永きに渡るモナルカとの戦いにおいても転移術を使う者はおりましたが…ドラグガルドでこの術に精通する者がいなかった事、この術に翻弄されるような事態もなかったため、それほど重きをおいておりませんでした。しかし此度の失敗から今後この術に遅れをとる事が無きよう対処法を得ておかねばなるまいと、我々下臣団は国に残り研究をおこなっていたのです」
そう話すルドレオルザ。それに付け加えるようにキーラが続く。
「…実はこの研究の成果を早速活かせたんですよ。つい先ほど」
「ついさっき?…!もしや…」
察したベノスにキーラは僅かに笑みを浮かべ答える。
「そう、さっき遭遇したあのモナルカの娘。あれが逃げた先は“転移地点追跡探知”で完全に把握できています」
── ハーズメリア戦士団とジロッサが身を寄せたカムラの故郷の山深い村。
カムラの忠告を受けたジロッサはピットーと合流する為、数日前に村をあとにしていた。
カムラは村で献身的に避難民の世話をする“光の手”教団とそれに従う戦士団らと警戒しながらも交流を続けている。
この数日、彼らを注意深くみていたカムラはおかしな光景をたびたび目にしていた。
どこに持っていたのか突然持ち出してくる必要な量の物資。そして村を出入りした様子もないのに教団のメンバーがガラリと入れ替わることがあった。
かつての騎士団同期生であるメキシオとスラドルには特に変わった様子はないものの不信感は増していた。
──ベノスたちがドラグガルド王家下臣たちの隠れ家に到着したのとほぼ同時刻。
暗くなる前に少し薪をとろうと村近くの林に分け入ったカムラ。少し進んだところ、遠目に数人の男女の姿が見えた。
警戒して身を木々に身を潜めたカムラは異様な光景を目撃する。
どこから現れたのか、こんな非常時に似つかわしくない肩や胸元があらわなロングドレスを着た女と、付き従うように背後に立つ2人の若い男女。2人とも白髪で男は目を、女は口を呪印の描かれた黒い布で覆っている。
そしてそのロングドレスの女と会話をかわすメキシオ・スラドルの姿だった。
「被害にあった人達をひとりでも救うことができて何よりだわ」
「ああ、ディアボリカのお陰さ。なんか雰囲気ちがうけど、そっちは大丈夫なのか?」
いつもと様子の違うディアボリカを少し心配そうに見ながら聞くメキシオ。
「ふふふ、平気よ!…実はね、そろそろ2人の力を借りようと思って」




