円環の外に在る者たち
ソザリアとの通信が途絶えた後、ザンデロスは今にもメレラの元に向かわんばかりの勢いでいきり立っていた。行方の知れなくなったラブロウと重傷を負ったというキアヒナのことを聞き、いてもたってもいられなくなったのであろう。
だがデズオンは、今日のところはしっかり休んで英気を養い明日から状況をみてメレラ討伐の作戦を立てようとザンデロスを諌める。
ザンデロスはなんとかなだめすかすデズオンにくってかかっていたが、疲れていたのかしっかりと食事をとった後いつのまにか眠ってしまっていた。
「やれやれ、ドラグガルドを離れラブロウ殿らと長く旅をされておられたので性格も少しは落ち着いておられるかと思ったが…相変わらずですな」
テーブルに突っ伏して眠るザンデロスに毛布をかけながら子を愛しむ親のような目でみるデズオン。
「デズオン殿らと再会して少し安心したのかもしれない。俺といたこの数日は気をはっていたのか落ち着いた振る舞いをしていたよ」
ベノスは微笑みながらデズオンに話す。
「ソザリアからかなりの距離を数日間白竜形態で追跡したとなれば魔力は完全に尽きておったでしょう…ベノス殿と出会った時は満身創痍であったはず。王子をお助け下さり誠に感謝の極み。このデズオン、あらためて礼を申し上げます。ありがとうございましたベノス殿」
あらためて感謝の意を表すデズオンにベノスも恐縮し
「いや、ザンデロスなら俺なしでもひとりで切り抜けることが出来ただろう。こちらが助けるどころかメレラの侵攻で多くを失った俺を随分気にかけてくれた。彼と旅が出来て心強かった。いくら礼をしても足りないくらいだ」
と返す。
「へぇ!あの、“俺様”王子がねえ。ドラグガルドにいたころは考えられねーわ」
とヘラヘラしながらいうエルトロにキーラは
「…余計なこと言わないの」
とギラリと目線をむける。
「ところでベノス殿、つかぬことを伺うが…あのモナルカの娘からはどういう経緯で狙われることに?」
デズオンに問われたベノスは、ディアボリカやゾゴムとの因縁を簡単に説明する。
そしてデズオンに聞き返した。
「…デズオン殿、奴らは、モナルカとは一体なんなんだ?普通の人間でないことはわかるが…メレラの軍勢とどう違うんだ?」
デズオンは静かな口調で説明を始める。
「奴らはかつて魔界より来訪したある魔族をルーツに持つ者たちの集まりです。生来、魔力を宿す所謂“インネイト”ではあるのですが、通常のインネイトとは違い明確にその意志や性状を継いでおります。“長”の命のもと、モナルカ以外の者を自分らの意のままに動かす…という」
「ザンデロスから聞いたが、“人”と“魔”と“聖者”の相剋というものがあるそうだな。魔族ということは“魔”に類する者ではないのか?」
「相剋が当てはまるものは“この世界”にルーツをもつ者のみ。魔界やその他の異世界をルーツに持つ者は“相剋”の円環から外れ、この世界に大きな変化をもたらすことは出来んのです。我らドラグガルドの者たちもかつて異世界より来訪した知恵を持つ竜をルーツとしておるため、ドラグガルド王国以外に影響を与えることは出来ません。円環内の者達に助力し、“共に戦う”ことはありますが」
ベノスはデズオンの説明をうけてもなお合点がいかないことがいくつか頭に浮かぶ。
「ディアボリカたちは次元を自在に操り、貴方達はドラゴンに姿を変えることができる。それほどの力を持ってしても“魔”を倒すことも、世界を統べることができないのか?円環の外の者であれば」
デズオンは答える。
「左様。仮に王子や我らが単独で“魔”たる存在であるメレラを倒したとしても、何らかの形で今の状態…メレラが生み出した今の混沌とした世界は継続されるでしょう。メレラの力の影響によって、我々の力ではどうにも出来ない事が起きるはず。…なにかしらのアクシデントがおこりメレラを倒すこと自体が出来ないかもしれませんな。モナルカもまた、メレラと同様の行動を起こしたとしても支配者になることは出来んでしょう。必ず、行動そのものが阻まれる事態となる。故に奴らは陰に隠れて表に立たず事を起こそうとするのですよ。“理”に阻まれないギリギリのところを狙って」
この世界を覆う不変のルールの存在。ベノスは自身の存在すらちっぽけに感じてしまうほどだった。
そこに、釈然としない1つの疑問が浮かぶ。
「大きな企みが阻まれることが自明なら、モナルカの目的は…」
「…さしたるものはないでしょうな。モナルカの操り人形を増やすかせいぜいちっぽけな混乱の火種を起こす程度。ドラグガルドの長い歴史の中、幾度も奴らと対峙してきましたが、あの者どもは“力で他者を意のままに操る”という欲求だけが行動原理。操ったとて成すことは児戯のようなこと。何かを築き上げるということができぬ哀れな者どもです。私がモナルカどもとの戦いに参加した30年前もそうでしたなぁ」
30年前…デズオンの言葉に、ベノスにはひとつ思いあたる出来事があった。




