白竜公ザンデロス
空を埋め尽くす黒いドラゴンの大群、その大群から離脱した個体にいきなり襲撃を受けたかと思えば、突如現れた白いドラゴンがその黒いドラゴンを蹴散らし近くに落ちて行った。
突然の出来事に暫し呆然とするベノス。
ふと見渡すと遠くにはいくつも火の手が上がっている。ベノスが特別狙われた訳ではない。進路上にいた人間や集落を無差別に攻撃しながら飛行しているようだった。
ベノスは立ち上がると、自身の荷物を持って白いドラゴンが落下した林の奥に向かって行った。
木が薙ぎ倒され、数体の引き裂かれた黒いドラゴンの死体のそばに巨大な白いドラゴンが横たわっていた。
ベノスが警戒しつつ様子を伺っていると、白いドラゴンの身体からふわっと煙か湯気のようなものがたちのぼる。
ベノスはつい数日前に同じものを目にした。
あの魔力が暴走したエルフの、半物質化した魔力が消滅していく時と同じ光景だ。
魔力が消えゆきどんどん小さくなっていく白いドラゴン。
ベノスが恐る恐る近づくと、その姿は人間に変化していた。
銀色の髪、意思の強そうな凛々しくも端正な顔立ち、ベノスと変わらないくらいの体格の青年だった。
身体中に手傷を負い、意識も失っている。
ドラゴンに変化していた者…得体の知れなさに戸惑うベノスだったが、偶然にせよ命を助けられたのだ。放っておくことも出来ない。
「おい、大丈夫か?」
声をかけ、状態を確認する。
数箇所の骨折や裂傷、いやそれよりもこの身体の異様な冷たさは…ふと、魔力の長時間使用から意識を失い倒れたアフのことを思い出した。状況はよくないようだ。
しかし傷薬や痛み止め、包帯といった簡単な手当て道具しか今は持ちあわせていない。荷物を探っていると、なにかキラキラと光るものがカバンの中に見える。
もしや…暴走したエルフとの戦闘の際に着ていた服をカバンから取り出した。襟元やまくっていた袖、裏地に光る粉の塊が付着している。負傷したベノスにベッカーが振りかけたエルフの秘薬だ。ベッカーが慌てて瓶から出したため傷口に入らなかったものがまだ服に残っていたのだ。
「まだ使えるかもしれん」
残っていた秘薬を負傷箇所に丁寧につけていく。
傷はみるみる塞がり内出血した大きな腫れも徐々にひいていく。
「たしか、服用すればより回復が促進されていたな」
レンデイラの治療で使った時のことを思い出し、集めた秘薬を口の中に流し込んだ。
わずかに体温が戻ってきているようだった。
白いドラゴンだった青年は発見した時に比べると、状態はかなり良くなった。顔に血の気が戻りだしたものの、まだ意識は戻らない。
ベノスは青年を背負い、黒いドラゴン達の死体から離れることにした。
──ベノスが白いドラゴンと遭遇する数日前に遡る。
「キサマぁぁああ!!!」
白いドラゴンは怒りにまかせブレスを吐いた。
「ぐはははは…俺を焼き殺してもあの小僧が虚無の広がる時空の狭間から戻ることはない!お前達の負けだ!ははははは…」
灼熱の閃光につつまれながら、魔導士メレラの配下の魔人は高笑いしながら塵となって消滅していった。
ソザリア領内に建てられた魔人の禍々しい砦は、激しい戦闘の末に瓦礫の山と化しところどころ火煙があがっている。
ドラゴンの姿から人間へと戻った青年は膝をつき、大地を叩く。
「くそぉぉっ!ここまで来てまさかこんなことに…!」
「ザンデロス…ラブロウは死んだわけじゃ」
仲間の少女が声をかける。
「気休めはよせ!異空間に放逐され生きている人間がいるものか!」白竜の青年ザンデロスは声を荒げる。
ラブロウ達の手によって解放された数人の老いた善き魔導士達がザンデロスのそば歩み寄る。
「白竜公、ここをどこだと思うとる?メレラのせいで美しい景色こそ失われてしもうたが、“魔法郷”ソザリアじゃぞ?」
「あるのか⁈ラブロウを戻す手立てが!」
「ある!いささか時間が必要じゃが…」
ザンデロスは老人達にくってかかる。
「時間だと?ラブロウの死体を見つけてめでたしめでたしとでも言うつもりか⁈」
「お主、ここまでラブロウと共に旅を続け…何を見ておった?異空間に飛ばされた程度ですぐさま命を落としてしまうような、弱い力の持ち主じゃったか?」
その言葉にふと我にかえるザンデロス。
「あやつは幾たびの戦いと絶望的な状況の中でこそ力を増してきよったであろう。それこそ今や、地上最強の白竜公と謳われたお主と同等なほどに。…信じよ、光の勇者を。そして我らにやれることをやるのじゃ」
「…わかった。だが辛抱強くってのはガラじゃねえ。メレラはもう目と鼻の先だ」
「え⁈何する気ザンデロス?」
少女はザンデロスに問いかける。
「キアヒナ、お前はじいさん達と早くラブロウをこちらに戻す用意をしろ。俺は俺に出来る戦いをする」
「ひとりで?無茶よ!」
「メレラは必ずラブロウを戻す算段に気付く。だから俺が奴と戦って気を引く」
ひとり歩み出すザンデロスをキアヒナは必死でとめる。
──ソザリア領内中央に高くそびえる塔。
かつては魔法使い達が集い、魔法の修練や研究を行う場として、あるいは魔法使い達の会議場として永きにわたり使われていたが、今ではメレラの居城となっていた。
最上階からソザリアを見下ろすメレラ。
「ラブロウ…私の自慢の“おもちゃ”達をお前がここまで悉く壊し尽くすとは思いもしなかった。お前が時空の狭間で干からびて死ぬ程度では到底私の気が済まない。代償は、お前が大切にしている者達にも払ってもらうぞ」
塔の地下深く──。
卵から孵化したばかりの大量のブラックドラゴンが鳴き声を上げながら地上へ飛び立つのを今か今かと待ち侘びていた。
──「うっ…!」
ザンデロスは目を覚まし飛び起きた。
辺りはすでに暗く、側には焚き火の様子をみる1人の男が座っていた。
地下から飛び出した大量のブラックドラゴンとメレラを追いかけてここまで飛行を続けてきたザンデロス。
大量のブラックドラゴンと空中戦を行いながら2日近く飛行を続けてきたザンデロスは、ベノスが目の当たりにした時点ではもう完全に体力の限界を超えていた。せめて一匹でも多く引き裂いてから力尽きてやろうとほとんど無意識のまま、ブラックドラゴンを数匹捕まえて落下したのだ。
手当てのおかげで傷はかなりよくなっている。だが身体はとてつもなく重い。しばらくは白竜に変化することは出来ないだろう。
「ここは…?お前が手当てを?」
と尋ねるザンデロスに、ベノスは
「ああ。薬が効いたようだな。ここはハーズメリア領内。アンタ、どこから来てどこを目指してたんだ?」
と答え、聞き返す。
「お前も見ただろう?あのブラックドラゴンの大群を。魔法郷ソザリアからあれを追いかけてここまで来たが…狙いはハーズメリアだったのか」
必死で追いかけて来たにもかかわらず、力及ばずメレラをくい止めることが出来ず悔しさを滲ませるザンデロス。
「あのドラゴンの大群はハーズメリアを狙っているのか⁈」
ベノスは驚きの表情でザンデロスに尋ねる。
「ああ、俺もようやくわかった。ハーズメリアは光の勇者の縁の地。時空の狭間に追いやるだけでは飽き足らず…故郷に対してまで徹底して報復のするつもりだ」
「ラブロウが?!時空の狭間だと!?」
ベノスはさらに驚き声をあげる。
「知っているのかラブロウを。…いや、知ってて当然か。魔導士メレラに立ち向かった光の勇者だもんな。
──自己紹介がおくれたな。俺は見えざる王国“ドラグガルド”の第一王子、ザンデロス。友好国ソザリア奪還のためラブロウと共にメレラ討伐の旅を続けていた」




