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漂泊のベノス  作者: ism
【第三部・遺跡/ダンジョン探索編】

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封じられていたモノ

巨大なアメーバ状の何かが、膨張と収縮をしながら粉塵の中から姿を現した。


「なぁっ…なんだありゃぁ⁈」

ベッカーは驚きのあまり声をつまらせる。


アメーバの中には薄い布を纏った人らしきものが浮かんでいる。眼は鮮血のように真っ赤で、その顔は憎しみに満ちた恐ろしい形相をしていた。両足は膝から下が無く乱暴に巻かれた包帯が垂れ下がっている。


「ドワーフどもぉおぉ…皆殺しにしてやるぅう…‼︎」

そう呟くと身に纏ったアメーバ状のものが一気に膨張し触手のように変化、周りの仮設テントや施設を冒険者や商人達巻き込んで次々刺し貫く。


魔法使いのデルグは大きな結界を張り、ピットーらラブロウ支援団の者達を護る。

「ぐおぉっ!なんて力だ!リーリー、レンデイラ!早くピットーを連れて避難しろぉ!」

デルグは渾身の魔力で攻撃を防ぎながら、ピットーを治療する魔法使いのリーリーと側で2人を庇うレンデイラに指示する。


「傷が深すぎる!こんな状態で下手に動かせないよ!」

リーリーは魔法による治療を行いながら悲鳴に近い声でデルグに答えた。他のメンバーも逃げ出すことなく守り合っており、パーティの結束の高さが伺える。


「おぉいゼロス!ありゃ間違いなく地下に封じ込められてたヤツだ!とっとと逃げるぞ!」

ベッカーはベノスに慌てて避難を促す。

ところがベノスは上着を脱ぎ捨て剣を抜き、地下から解放されたモノに向かうスキを伺っていた。


「おいおいおい何やってんだよ!戦う気じゃないよな⁈あれは俺たちにはどうしようもないシロモノだぜ⁈」

ベッカーは信じられないといった表情でベノスに言い聞かせる。

「他の奴らどうでもいい。ピットーだけは絶対に見殺しにできん」

「はあ⁈どうして⁈」

「“どうしても”だ。ベッカー、アンタは早く逃げな」

簡易休憩場の陰から飛び出し駆けていくベノスに、ベッカーは叫ぶ。

「やめろぉ‼︎」


無数の触手が辺りを無差別に襲う中、ベノスは触手をかわしつつ真っ正面から地下から解放されたモノに斬りかかる。


“それ”が身に纏ったアメーバ状の何かは分厚く、粘りけのある泥のようで斬った手応えはない。斬撃を与えた部分は瞬く間に塞がった。

「剣はまるで通じないようだな」


襲いくる触手を捌きながら後退するベノス。

「地下で会った冒険者…!」レンデイラは結界越しにベノスをみて呟く。

「おい!ピットーの治療にあとどのくらいかかる⁈」

ベノスは振り向きもせず、必死で治療を続けるリーリーに尋ねた。

「あと10分くらいはかかる!」

「…そいつはさすがに厳しいぞ」

ベノスはこんな状況にも関わらず、諦めか、戦いを楽しんでいるのかわからないがニヤッと笑みを浮かべた。


「そのゲル状のモノは暴走し溢れ出て反物質化した魔力だ!普通の武器ではどうすることもできん!」

デルグは結界を維持しながらベノスに叫ぶ。

「だろうな!斬っても斬ってもキリがない!」


「私も加勢して時間を…!」

飛び出そうとするレンデイラを戦士ボンガルが掴んで止めにかかった。

「やめろ!オレらの腕じゃ1分も持たずにズタズタにされる!あの攻撃の嵐を捌き切るなんて…アイツ相当な使い手だぞ!」


この1年でのモンスター討伐の経験から、モンスターによる変則的な攻撃に対処する能力は格段に上がっていたベノス。常人からすればなす術も無さそうに見える動きや攻撃パターンも容易に読むことができた。

だがさすがに今回は手数が多く、スピードも戦ってきたモンスターの中では別格だ。ベノスに疲労が見え始めていた。


(マズイな…このままでは…)

そうふと思った瞬間、視界にベッカーの姿が入った。

「ベッカー!何をしている!早く逃げろ!」


「ゼロスー!こいつを使えー!」

ベッカーは円盤状の何かを投げてよこした。上手く受け取ったベノスにベッカーは叫ぶ。

「小さいがそいつは魔法を完全霧散させる盾だ!」

そういうとベッカーは一目散に撤退して行った。


鍋の蓋のような、いわゆるバックラーと呼ばれる小型の盾だった。ベッカーのカバンに雑に吊るしてあり、探索同行中少し気にはなっていたがそんな効果があるものだったとは、と思いつつ触手による攻撃をそれで防いだ。

盾にあたった触手は水風船が破裂するようにはじけとぶ。

「なかなかいいじゃないか!」


ベノスは盾で攻撃をかわしながら魔力アメーバの中央にいる者をよく観てみた。

憎しみの形相ながら性別不明な美しい顔立ちに、とがった耳。…エルフか。失った両足や閉じ込められていた状態から察するに、ドワーフにかなり凄惨な扱いを受けたことが想像できる。

「殺してやるぁあぁ!ドワーフぅう!」

エルフの攻撃は、触手から無数の魔力の矢に変わった。絶え間なく打ち出される矢にベノスもところどころ負傷を負いはじめる。


すでに正気を失い、ただただドワーフへの呪詛を吐き続けながら見境なく攻撃を行う化け物と化してしまったエルフを…なんとか“救う”方法はあるのか?

ベノスは自問するが体力的にももう猶予はなかった。デルグの結界も限界のようだった。


「…手段は他にはない、か。」

そう呟くと、ベノスは盾を体の前に構えエルフに向かって真っ直ぐ突進する。


エルフの身に纏った反物質化した魔力は、盾に触れ水飛沫を上げるように霧散していく。


ゲル状の魔力の壁を強行突破しようとするベノスに、魔力の矢や触手が体中に突き刺ささり、鮮血が飛び散る。



「ぐおおぉぉぉ!」

なんとかエルフの眼前までたどり着いた血まみれのベノスは、最後の力で暴走するエルフの喉を剣で刺し貫いた。


ゴボッとエルフの口から流れた血がベノスにかかる。

「…すまん。お前は何も悪くない。楽にしてやることしか、今のオレにはできない」


ゲル状の魔力は、ふわぁと音もなく消え、エルフはベノスによりかかるように息絶えた。ベノスもかなりの傷を負い、エルフを抱えたままその場に倒れた。


「ゼロスーー!!」

ベッカーが猛ダッシュでベノスのもとに駆けつける。


「無事か⁈死ぬんじゃねぇぞ!」

ベッカーはカバンから例のエルフの秘薬を取り出して惜しげもなくベノスに振りかける。


「…そいつを期待してたのさ。だから多少のムチャできると思ってね」ベノスは血みどろのまま微笑んだ。

「ムチャどころじゃねぇ!むちゃくちゃしやがって!」

大きな声でベッカーは答えた。


「奇跡だ…あんな化け物を退けられたなんて」

デルグは結界を解きその場に倒れ込んだ。

「ほんとよかったぁ…何とかなって」

ピットーの治療を続けていたリーリーも魔力の連続使用の影響でガクリと倒れてしまった。支援団のメンバーに介抱されるデルグとリーリー。ピットーもどうやら危ない局面は乗り切れたようだったがまだ気を失っているようだった。


一方、ベッカーからエルフの秘薬をふんだんに与えられたベノスは先ほどの大怪我がウソのように回復していく。痛みは残るものの傷はほとんど塞がっていた。

「すごいな、ついさっきまで身動きひとつ出来なかったのがウソみたいだ」

その効果に驚くベノス。

「あ〜あ、秘薬がもうすっからかんだよ、まったく」

呆れるようにいうベッカー。そこへレンデイラが近づいてくる。

「ありがとう…本当に。あなたがいなかったら私たち全員…」

レンデイラはベノスに礼を言う。


「ピットーは無事か?」

「え、ええ、なんとか傷は塞ぐことはできたみたい。でも出血が多かったみたいでまだ意識は…。それよりあなた、ピットーと知り合いなの?」

ベノスは無言で立ち上がり、眠るピットーの側に歩み寄る。


そばにいる支援団の他のメンバーもベノスを不思議そうに見つめる中、ベノスはピットーの耳元で小さな声で囁く。


「ピットー、無事でよかった。

…お前に対する数々の侮辱、お前の心身を傷つけた過去の言動を詫びる。…本当にすまなかった。──達者でな」


側に来たレンデイラはベノスに

「名前きいても?ピットーとはどういう関係…」

と尋ねた。ベノスははぐらかすように

「そんなことより、あの地下に封じ込められてたエルフ、手厚く葬ってやってくれ。あとこの惨状は支援団の力でなんとかしてくれよ。災害救助は俺の領分じゃないんでね」と、暴走したエルフの力でめちゃめちゃになった周囲を見回しながら答えた。


「おいおい大丈夫か?秘薬が効いたとはいえ無理するなよ」

そういうベッカーにベノスは

「問題ない。別れの挨拶をしておいてあれだが、近くの村か町までもうしばらく同行してもらえないか?アンタがいなきゃ死んでたんだ。しっかり礼をさせてもらわないとな。」と願い出た。


「おや、律儀だね。じゃ酔いつぶれるまで酒おごってもらうとするか」

そう会話を交わしながらベノスとベッカーは地下精製場跡から去って行った。


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