ミミック
「この地下精製場が地下5階までということはない?地下6階の話はデマで。これだけ探索して階下への道が見当たらないんじゃあ…」
足下に外した装備品や剣を置き、端正ながら凛々しい顔立ちの髪の短い女性はピットーに話しかける。
「うーん、集めてきた情報も当たり外れがあったからなぁ、デマってことは大いにあるけど。ただこれまでのフロアを見てきた限り少なくともまだ地下が存在する可能性は捨てきれないんだ」
ピットーの隣に座る険しい顔の男も口を挟む。魔法の力なのか男の周りを小さな光が浮遊し、男が纏っているローブについた埃や汚れを払うとふわりと消えた。
「うむ、複雑であった地下4階に比べて地下5階のシンプルな構造…にも関わらず防衛人形は多く攻撃も激しかった。場所に宿る精霊の力も活発だ。階下はなくともまだ何かあると考えるのが妥当だろう。隠された部屋か同階層の別フロアか」
ピットーはそれを聞き仲間に向かって話す。
「明日ももう少し探索を続けよう。階下や隠し部屋に繋がる何か仕掛けがないか、そのあたりを重点的に」
仲間達はそれぞれうなづくと再び談笑しつつ食事をはじめる。
「ねぇレンデイラ、食事が済んだら川に水浴びに行こうよ、こんな汚れてちゃゆっくり休めないよ」
ピットーの仲間の中の、人懐っこそうな小柄の女性が短髪の女性・レンデイラを水浴びに誘う。こんな山中なので風呂など当然ない。女子が髪や身体を洗うのは近くの川だ。
「うん!行こう」
レンデイラは笑みを浮かべ答えた。
──地下精製場に入ったベノスは拍子抜けしていた。
地下1階、2階はそこかしこに灯りが灯され、壁には大きく「階段は→」「鍛冶場跡は←」といった具合に書かれており、座り込んだり横になって休憩する者の姿も見受けられる。
かつてドワーフ達が侵入者対策に配置したモンスターの姿も当然ない。
ベノスは地下1階地下2階を軽く探索したあと、壁の案内どおり地下3階に進む。
階段を降りると明らかに空気が変わった。
ひとの気配もなく、灯りもない。ベノスはランタンに火を灯し先へ進む。
各部屋はすでに探索されあらゆる入れ物や扉は全て開放されていた。
罠が発動した形跡や倒された防衛人形の残骸があたりに散らばっている。少し警戒したが辺りを動き回ってその心配はなさそうだと少し気を緩めた。
その時、最後に入ろうとした部屋から男が飛び出して来た。
「わぁあ助けてくれえ!」
部屋の奥から古い木箱がぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくるや否や蓋を大きく開きながら飛びかかって来た。開いた箱は沢山の牙がありさながら肉食獣の口のようだった。
宝箱などに擬態し近づいてきた者を襲う“ミミック”だ。
ベノスはすかさず懐から出したものをミミックの口に放り込みつつ飛びかかってきたミミックをスッとかわした。
ギイイイイと鳴きながら地面をのたうつミミック。動きは少しずつ小さくなりそのうち動かなくなった。
かつて、リザードマン退治の際に使った煙幕弾だ。今やヘキオンズコープスの標準装備となっており、メンバーはみんな3〜4個の煙幕弾を携帯している。
閉所での使用は厳禁だが、フードを被りスカーフで口元を覆っていたためベノスはつい投げつけてしまった。
「はあはあ、助かっ…あっ?!目っ!口が痛ええ!
なんだこりゃあぁあ!」
辛味成分を配合した煙幕弾の粉塵を少し吸い込んでしまった男は苦しみだす。
「すまない、咄嗟でつい…。ほら水を。あとこの目薬をさせば痛みは和らぐ」
ベノスは誤爆用の目薬と水の入った水筒をさしだすと、男はグビグビと飲み干した。




