魔導士メレラ
少女が纏う恐ろしい魔力に身動きひとつとれなかったあの夜の邂逅がベノスの中に蘇る。
ベノスは咄嗟にフードをかぶり、少女がこちらに気づく前に立ち去ろうと
「…興味ない。さっさと行こう」と仲間たちにも促し足早に広場を後にする。
「もらってかねーの?配ってる食いものと薬」というスリッグスに
「いらねーよ、何が入ってるかわかりゃしない」と返すタウザール。
一行はベノスについて宿へと向かっていった。
白ローブの者達──「“光の手”教団」の信者が広場で熱心に布教活動を行う中、同じ白ローブをまとい彼らを指示・監視するように後方から見つめる少女ディアボリカと従者ゾゴム。
「…確か彼、森の中であのまま野垂れ死ぬって言ってなかった?ゾゴム」ベノスが去って行った方向を見ながらゾゴムに問いかけるディアボリカ。
ディアボリカもゾゴムもベノスの存在にはとっくに気づいていた。
「申し訳ありませんお嬢様。確かに私の未来視ではあの者が立つことも出来ず朽ちてゆく光景が見えたのですが…。不可解ではありますが、今なお変わらずあの者が我らに影響を及ぼすことは微塵もありません。お嬢様もお察しの通り、何の力も縁も持たぬ輩です」
ゾゴムは改めてベノスがとるに足らない者だとディアボリカに念押しする。ゾゴムとしてはそういった何の特別な力も持たない下々の輩に気まぐれでも関わることは以前から良しとしていないようだ。
「未来視で見えたビジョンから逃れた…その一点だけでも充分特別なことだと思うんだけど」
予知を外したことを責めるかのような言い草でゾゴムに言う。
「…承知しました。それではあの者には念の為監視をつけておきましょう。それでよろしいですか?」
「何かあったら知らせて」
「はい」ゾゴムはそういうと魔力を込めた手をベノスの去った方向にかざす。すると足元を小さな影が素早く駆けていった。
──その夜。
再び酒場へ向かったベノスたち一行は、いくつか昼には聞けなかった話を聞くことができた。
ハーズメリアより遥か東方の秘された魔法郷・ソザリアで、ひとりの魔導士が善き魔導士達を蹂躙し支配したらしい。その者の名は魔導士メレラ。
メレラはソザリアに封じられていた古の魔法やモンスターを次々に解放、周辺諸国に侵略を開始。1年以上前のことだそうだ。
「いやー知らなかった。東方の国で不穏な小競り合いが続いているとかなり前に耳にしたがそんなことが起こっていたとは…ソザリアなんて魔法の国があったことも初めて知った」
ロンボルトは話を聞きあらためて世界の広さを認識したかのようだった。
「その魔導士?の力がモンスターどもに影響してんのか。じゃあ俺らがモンスター退治してまわっても焼石に水じゃねーのか」というタウザールに
「いや、モンスターも無限に増え続けるわけじゃない。駆逐を続ければ少なくとも人間を襲う危険なモンスターは減らしていける」とロンボルトが答えた。
「だといいけどなあ。やっぱ最後は勇者様頼みになんのかねぇ」というスリッグス。
「別に俺らの目的は世界を救うことでも魔王を倒すことでもない。俺らは出来ることをやればいい。特別な力はなくてもやれることは何だってある」ベノスの言葉に得心し皆は深く頷いた。
その様子を柱に触手を絡ませた大人の握り拳くらいの大きさの目玉が酒場の天井の隅からベノスをじっと見つめていた。




