ディアボリカ・モナルカ
ベノスがヘキオン村でリザードマンを退治してから1年近い月日が流れた。
世界の各地ではヘキオン村と同じく凶暴なモンスター達が徐々に姿を現すようになり、襲われる町や村が後をたたなかった。
ハーズメリア王国では騎士団、正規兵士団をモンスター出現の報があった場所に派遣。中でもハーズメリア戦士団は各地を転戦していた。
養成や訓練を受け選抜をパスした者が所属している騎士団・兵士団の者達と違い、戦士団は元傭兵や用心棒をしていたような叩き上げの血の気が多い者たちで構成されていた。そういった背景からよく言えば先発部隊として、悪く言えば消耗品軍団のような扱いをうけていた。
そんな戦士団に、かつてベノスの取巻きだったメキシオとスラドルが所属している。
2人は騎士団少年部退団の処分が下されたあと、荒くれ者をまとめる戦士団団長アレディックは処分を受けた2人の話を聞き、うちで面倒を見ると申し出たのだ。
栄誉ある騎士団から、勇猛さこそあるものの品のない連中が集まる戦士団へ所属することなり、最初こそ拗ねた態度の2人であったが、厳しくも情に厚くルールにもこだわらない戦士団に少しずつなじんでいった。むしろ戦士団のやり方の方が肌にあったのか、下っ端ではあるがいまや立派な戦士団のメンバーとして日々すごしていた。
そんなメキシオ、スラドルもモンスター討伐部隊のメンバーとして現場に赴くことになった。
場所はかつてその地をおさめていた地方領主が住んでいた朽ちた古城。様々な曰くがあるため誰も近寄らないが、その一帯で人々を襲う首なし騎士がそこへ入っていくのを何人かが目撃したのだという。
メキシオとスラドルを含む10名ほどの戦士団員は古城に到着。
昼日中にも関わらず城内は暗い。
「外はいい天気だってのに、まぁ随分と暗いこった」
「日の光を嫌う連中にはおあつらえ向きの場所じゃねえか」
先頭を進む年長の戦士たちは軽口を叩きながら足下に気をつけ用心して城内を探索する。
「やっぱ夜中にならねぇと出ないんスかねえ首なし騎士」
メキシオはあたりを見まわしながら呟いた。
「せっかく3日もかけて来たんだ。さっさと倒されに出てきてもらわんとな」
メキシオの近くのメンバーが答えた。
先頭のメンバーが足を止める。
「…泣いて喜べ野郎ども。オレ達のスターが早くもお出ましだ」
長く続く廊下の先の暗がりから、ガッシャ…ガッシャ…と鎧の擦れる音が聞こえてくる。
大柄な全身鎧の者がこちらに近づいてくる。手には斧槍を握っている。兜を身につけているので首なしではないようだが。
「城に迷いこんだ近隣の人間…てことはないスか?」
「じゃあ挨拶でもしてこいよスラドル。コンニチハーってな」メンバーのひとりがからかうようにスラドルに言った。
その時。
緩慢な動きで近づいてきた騎士が、重々しい鎧を身につけているとは思えないほどのスピードで飛びかかってきた!
前にいたメンバーのひとりが盾で斧槍の一撃を防ぐ。
「やるねぇ!」鎧騎士に負けじと応戦。そのまま盾で押し返すと衝撃で兜がゴロンと床に落ちた。そこにあるべきはずの頭はなかったが首なし騎士は何事もなかったかのように攻め立ててくる。
一進一退の攻防が続く。
しんがりを務めていたメンバーが後方の妙な気配を察知し振り返る。「後ろからもくるぞ!」
動く悪魔の石像、ガーゴイルが数匹こちらに迫ってくる。
「行くぜオラ!」首なし騎士に応戦する者、ガーゴイルに向かう者に分かれて乱戦となる。
石の身体を持つガーゴイルだが、屈強な戦士たちの力で砕けないほどではない。
予め用意していた複数の武器から戦闘用ハンマーを取り出しみな次々と叩き潰していく。
「スッゲェ…」戦いに乗り遅れたメキシオとスラドルは素直に感心していると、「ぼけっとしてんじゃねぇぞお前ら!」
とベテラン戦士から檄がとぶ。
首なし騎士に応戦していた者の大剣が騎士の鎧を割る。そのまま地面に叩きつけられた拍子にバラバラに分解する鎧。中身は空洞だった。
「ちっ、大したことなかったな」
戦士団のベテランメンバーの活躍であっという間に戦いは終了した。首なし騎士もガーゴイルも決して弱いモンスターではない。最前線で戦い続ける戦士団メンバーもそれなりの手練なのだ。
「もう少し探索してみるか。まだイキのいいのがいるかもしれねぇしな」
そう言って先に進もうとする一行。──次の瞬間。
大柄な正装の男が突然目の前現れた。
「?!な、何だてめえ?!」
身構える一行に男は低く静かな声で語りだす。
「なかなか腕の立つ者達のようだな。だがここは我々が拠点としている場所のひとつ。早々に退去いただこう。」
「だから何もんだよ?おい!」
「一切の質疑応答はナシだ。去るか?それとも…」
「それとも、何だ!」先頭のベテランメンバー達は目の前の者が人間ではないことを察して斬りかかる。
「“死”だ。愚か者め」
男の蛇眼と突き出した掌が妖しく光る。
一行の目の前が一瞬闇に包まれた。熱を帯びた凄まじい衝撃が彼らを襲う。
部隊の最後方にいたにも関わらずメキシオとスラドルも後ろに吹き飛ばされた。
かろうじて生き延びていたのはメキシオとスラドルだけだった。重傷ではないまでも全身に痛みが走る。
「な…なにが…?!」スラドルは何とか身体をおこす。
正装の大男はすでに生き絶えた戦士団の遺体に向かい吐き捨てる。
「壮絶なる闇の力の奔流。並の人間では無事で耐えることなど到底かなわぬ」
「もおー、このお城今度改装して別荘にしようとおもってるのよ?死体臭くしないでゾゴム!」
どこからか無邪気な少女の声が響く。現れたのは、朽ちた古城に似つかわしくないドレス姿の黒髪の美しい少女だった。
「は、申し訳ありませんお嬢様。すぐに片付けさせます」
「あ…まだ残ってるじゃない」
「おや、これは失礼」ゾゴムと呼ばれた正装の男はメキシオとスラドルに手をかざす。先ほど同様妖しい光が集まりだす。
「待って。彼らは私が。」
「しかしお嬢様…」
ゾゴムの言葉に構わず、メキシオとスラドルのそばまで近づいてくる少女。
「ち、近づくな!」
スラドルはメキシオをかばうように抱き起こし牽制する。
「ふふふ、こういう場面で生き残れるなんて、あなた達強運の持ち主よ。ご褒美に、これからは私のためだけに生きる存在にしてあげる」
「やっやめ…!」
少女の手が2人に触れた瞬間、凍りつくような衝撃を彼らの身体を駆け抜ける。そして次第に、不思議な感覚が心に宿る。
幼な子が母に抱くような絶対的な信頼。
愛玩動物が飼い主に持つ主従関係。
信者が教祖に寄せる心酔。
または数十年来の友人に寄せる親愛。
「ディアボリカ…俺たちはこれからどうしたら…?」
スラドルはまるで困り事を打ち明けるかのように少女に語りかける。なぜこの少女の名を、ディアボリカという名を知っているのか自分でもわからなかった。
「とりあえず、一旦王国に戻って報告するの。モンスターは倒したけど他のみんなは戦死したと。…あと私のことは絶対に秘密よ。いい?」
「いてて…なんかめんどくさい状況だなぁこりゃ」
メキシオもなんとか立ち上がりディアボリカに言う。
「ふふふ…いずれ時がきたらとても面白いものが最前列で見れるんだから、それまで我慢我慢。頑張ってね2人とも♪」
屈託のない笑顔で2人の背中を押し、フラフラと城を後にする2人を見送るディアボリカ。
「お嬢様…あまり増やしすぎると制御ができなくなります。
少しお慎み下さい。」ゾゴムが表情ひとつ変えず言う。
「あたしを誰だと思って?3代目“当主”、ディアボリカ・モナルカよ?」
挿し絵のキャラクターは右からディアボリカ、ゾゴムです。




