──ありがとう。
「先生には村に運び込まれた日におおよそのことは気づかれていたし、ロンボルトには次の“目的地”を相談するにあたって昨晩すでに話している」
部屋にいるみんなが固唾を飲んで見守る中、ベノスはゆっくり語り出す。
「つい1ヶ月ほど前まで、俺はハーズメリア王国騎士団少年部で騎士団候補生として訓練を受けていた。…しかし私怨から同じ候補生のひとりを殺そうとした。」
アデット、ティアミーらは驚きを隠せない。これまでのベノスの態度や行動から、そんな過去が想像もつかなかったからだ。
ベノスは続ける。
「殺害には失敗し、もちろん投獄され重罰もありえた。だが俺も理由は分からんが騎士団及び王都からの追放といった寛大な処分で済み、生家へ強制的に帰されることになった。…しかし、もともと確執のあった父親がそんな俺をすんなり迎え入れるはずはなく、屋敷に戻るや厳しい叱責を受けた。感情の整理がついていなかった俺は、そこでも、また…」
アフが思わず助け舟をだす。
「…みんなも知っているでしょう、心と記憶を感じることができる私の力。それで見透したことだから断言するけど、彼は嘘はついていないし、誰も殺してはいない。悪意や殺意にかられてやったことは許されることではないけれど。」
「…父親も殺しかけ、俺はあてもなく家を出た。そこから先はみんなも知っての通りだ。もしかしたら父親が騎士団に報告し、王都では逃亡者扱いになっている可能性もある。…隠していてすまなかった。アデット、ティアミー、タウザール、スリッグス。村を出ていけというなら勿論そうするつもりだ。今後はここに近づくことはしない。」
ロンボルトはそれに対し自らの見解を話しだした。
「昨晩、ベノスからそれを聞き…過去の彼の罪を責め村から追い出すなどという行為は愚かだし、はっきり言って才覚ある彼との縁を断つのは“惜しい”と考えたよ。出会ってまだ十数日、この短い期間で見て感じた彼の判断力や胆力、生来の人格そして戦闘能力はそこいらの冒険者ぶった輩や王国兵を遥かに凌駕するものだ。誰がどう言おうと今後も彼とは真っ当かつ対等な関係を続けることに決めている、と言っておこう。そして彼の過去については引き続き他言無用でお願いしたい。ちょっと考えがあるんでね。」
そう言い終えるとアデットとティアミーが口を開く。
「誰でも、過去にはなんかしらやらかしたことはあるもんだよ。俺も親父の財布から金抜いたことあるし多少は…なあ?気にすんなとは軽く言えないけど、出てけなんて言うわけないだろ!」
「そうそうそう!行くとこないならいつまでもいたらいいじゃん!あたしだって子どものころお店の飴玉くすねたりしたし…ロンなんて昔、家を半分吹き飛ばしたんだから!」
「ははは、いやーあれはびっくりしたね。死ぬかと思った」
「父親を殺そうとしたって?」タウザールの言葉にみんなの会話が止まる。
「何をいうかと思ったら…そんなことくらい俺やスリッグスにもあるっての」
それを聞き、え?という顔をする一同。
「みんな親父のこと弓の名手やなんだと誉めそやしてたが家じゃあ酒飲んで暴れるなんてしょっちゅうでよ。いつか殺してやろうと思ってたよ」
タウザールの告白にみんな聞き入る。
「スリッグスの親父は材木屋の手伝いでミスしようもんならスリッグスの顔面が腫れ上がるまで殴りつけてくる親父だったもんなぁ。トゥーチの親父はバクチ好きで家の金持ち出しちゃ揉めてたしフォークホードの親父は女癖悪くてお袋さんといつも喧嘩してたよな。数年前土砂崩れで揃って死んだ時は酷いと思われるかもしんねーが4人で喜んだよ」そういうとスリッグスも
「よく夜中に4人で集まって、出来もしない殺害計画たてたよなぁ〜」と答えた。
アデット、アフたちは初耳だった。彼らの父親達は優秀な狩人や材木屋で村の信頼も厚い人物たちだと聞いていたので、そんな内情があったとは正直驚きだった。
「それにそこのバカもいつかぶっ殺そうと思ってっからな」とアデットに向かって笑って言った。
「なにぃ?!とっくみあってお前に一回も負けたことねーだろ!」
「そらぁこっちの台詞だバカ!」いつものやりとりが始まるとアフは
「おやめなさい!」とアフは一喝する。そして静かにベノスに語る。
「…全てを無かったことには出来ないけれど、しっかり向き合ってここからまた始めればいい。今日からここが貴方の居場所。ここにいるみんなは貴方の仲間よ」
ベノスは生まれてはじめて心が満たされるような感覚を覚えた。涙が溢れそうになるのをこらえ、笑顔でみんなに答える。
「…ありがとう。」
「おーし!じゃあ早速メクスドラの港町に行く準備すんぞ!」とタウザールは檄を飛ばす。
「お前が仕切るんじゃないよ!」アデットのツッコミも気にせず軽快に部屋を出るタウザール。
アフはベノスの肩をポンと叩きベノスに言う。
「気をつけて。無事に帰ってらっしゃい」
──それから数週間。
ハーズメリア王宮内の騎士団本部。定例の報告会にて騎士団長からある報告がなされた。
「先刻、王都と隣国メクスドラを行き来する商人が王宮の城門を訪れ、数日前に王都へ向かう道すがらに行き倒れを助けたと報告してきたそうだ。モンスターに襲われかなりの重傷を負っていたためすぐに亡くなったらしいがその行き倒れは亡くなる前に自ら名乗ったそうだ。“騎士団少年部のベノス・ディメナード”と。」
騎士団員達は一斉にざわつく。
騎士団少年部のゼラー教官は思わず立ち上がり団長に尋ねる。
「ほ…本当ですか?!その商人の証言以外になにか証拠は?」
「その者が着ていた衣服と携えていた剣を届けてくれた。もし本当に騎士団所属の者であれば報告することで報奨を貰えると思ったらしい。」
団長はそばの箱から血まみれで異臭を放つズタボロの衣服と高価な装飾が施された剣をとりだした。
それはディメナード家の紋章が入った上着とベノスが家を飛び出した際に持ち出したと報告があったベノスの父親・ラドーが蒐集した剣であった。
ベノスの考えていた通り、父ラドーは家から逃げ出したベノスのことを騎士団に報告していた。親心からか、憎しみからかはわからないが。
ゼラーは立ち尽くし、人目を憚らず涙した。
あの優秀な青年がこんな悲惨な末路を迎えるなんて…。彼を善き騎士にしてやることが出来なかった自らを恥じた。
「…ディメナード家には使いの者に報告させる。この事は口外無用。以上」
団長がすげなく言い放つと騎士団員たちは本部を退室しそれぞれの持ち場に戻っていった。そんな中、ゼラーはしばらくその場を動くことができなかった。
城門から城下町に続く道をのんびり歩く2人の男。
「ちっ、衛兵の奴ら金貨の一枚もよこさなかったな」と吐き捨てるように言うスリッグス。
アデットが
「これでベノスは死んだと思ってくれんなら何でもいいさ。さーて、ロンボルトからの頼まれ事も済んだしとっとと帰るか。ベノス達もヘキオンに戻ってるだろうからな。長〜い帰路につく前に王都のうまい酒とうまいメシしっかり堪能してくか!」と言うと、スリッグスも
「おーいいねぇ!行こう行こう!」と嬉しそうに答えた。
2人の笑い声は、どこまでも蒼く澄み渡る空に消えていった。




