前途と述懐
葬儀翌日。
ベノス、ロンボルト、アデットの3人はアフの診療所を訪れた。そこにはちょうど診察を終えたスリッグスと付き添いのタウザールがいた。
「なんだ、お前らもきてたのか」
アデットが声をかけるとスリッグスは笑顔で「おう!」と答える。街のチンピラ4人の中でもスリッグスは特にアデット達に対しわだかまりはなかったのでいつも通りといった感じだ。一方タウザールは照れくさそうに
「なんだよ、いたらわりぃかよ」と答えた。
「終わったらさっさと帰んな。俺たちこれから大事な話があんだからな」とアデットが煽るように言うと、これまではそんな煽りに強く言い返していたタウザールだったが今回は違った。
「…もしかしてまたモンスター絡みか?だったら俺たちも同席させてもらうぜ」
意外な反応に驚くアデット。すぐさまロンボルトは
「もちろん!では一緒に来てくれたまえ」と歓迎した。
そこにアフが現れロンボルトに声をかける。
「来たわね。じゃあ始めましょうか。」
診療所の一番奥の部屋、普段物置きとして利用している部屋に通された一行。整頓された室内ではティアミーが真ん中に置かれた鏡台の鏡をピカピカに拭いていた。
「あ、みんな。準備OKですよ」
ティアミーがそういうとロンボルトはアフに問いかける。
「先生、体調は大丈夫ですか?少し長い時間魔力を使っていただくことになりますが…」
「全然問題ないわ。治癒魔法と違って、“接続”と“遠話”で使う魔力はごく微量だし」
アフが鏡に触れると映っている鏡像がぼやけだし、別の景色を映し出した。
はじめてみたベノスやタウザールたちは、おお…と声をあげた。鏡には薄暗くあまり綺麗とはいえない部屋が映っている。
「たぶん繋がってると思うんだけど…さぁどうぞ」
アフがそういうとロンボルトは鏡にむかって話しかける。
「ジャルガさん、聞こえますか。ハーズメリアのロンボルトです」そういうとロンボルトは鏡をコンコンと軽くノックした。
…応答はない。鏡にうつる部屋の奥のベッドで誰かが寝返りをうった。
「ジャルガさーん!起きてくださーい!」
ロンボルトは大きめの声でさらに呼びかける。するとベッドから男がガバッと起き上がり、鏡に向かってかけてきた。
「うわっ、最悪!」ティアミーが声をあげた。
男は下着一枚だったからだ。
「ロンボルトか?!久しぶりの“遠話”……おわっ!女子がいるなら先に言えよ!」
男は慌ててローブを羽織るとこちらに向き直った。
「あー失敬!俺はメクスドラのジャルガという者だ。そちらのロンボルトとは数年前から知古の間柄。みなさんよろしく!」
そう名乗ると無精髭に長髪の男の顔が鏡に大映しなった。
向こうにも鏡があり、アフの魔法の力で遠くの者とのやりとりが可能になるらしい。
「先生にいただいた魔力を込めた符を貼り付けた鏡とはどんなに遠方であろうと交信が可能なんだ。今は交信のたびに先生の力をお借りする必要があるので頻繁には行えないが」
ロンボルトが手短に説明するとジャルガが話し出す。
「手紙、届いたぞ。リザードマンか。状況はどうだ?」
「犠牲者は出ましたが…なんとか退治できました」
「おお、もう倒したのか?それはよかった」
「そちらは?」
「手を焼いてるよ。こっちも犠牲者が何人もでてる」
2人のやりとりにアデットが口をはさむ。
「メクスドラでもこちらと似たようなことが?」とアデットが尋ねると鏡の向こうのジャルガが答える
「ああ。こっちでは港に半魚人が現れだしてな。そちらと同じく群れで。奴らの根城は海の中だもんでなかなか対策もままならん。ロンボルトをはじめ各地の交友のある知恵者たちに相談をしていたんだが」
ベノスが割って入る。
「失礼。そちらさえよろしければ、俺が助太刀に向かいます。モンスター相手の戦闘や剣術に多少覚えがあるので」
「ジャルガさん、こちらが手紙にも書いた我が村に滞在中のベノス殿です。50匹を超えるゴブリンどもを1人で一掃した…」
ロンボルトはベノスをジャルガに紹介する。
「おお、読んだ読んだ!そんな人が来てくれるなんて、こんな心強いことはない!こっちじゃ国の兵隊なんか全く頼りにならんのだ、是非ともお願いしたい!」
ベノスはロンボルトに尋ねる。
「あちらまでの距離は?」
「馬で2日といったところか」
「…ではジャルガさん、すぐにでも準備し出発します。2〜3日後には到着できるかと」
「おおお、ありがたい!お待ちしておりますぞ!」
大喜びするジャルガに、ロンボルトは
「僕も同行します。いい武器があるんでね。それでは」
とつげると、アフに接続解除の合図をする。アフを気遣って手短に交信を終わらせるようだ。
「待ってるぞ!それじゃ…」とジャルガがいいかけたところで鏡は通常の状態に戻った。
アフはベノスに
「そんなに急がなくても…リザードマン退治も終わったばかりなんだからしばらくゆっくりすれば?」と心配したが、
「充分休ませてもらった。万全だよ」と笑顔で返す。
するとタウザールが口を挟む。
「俺も連れてけ。モンスターどもにリベンジしてやる」
真剣な表情で志願してきたタウザールに、ロンボルトは嬉しそうに答える。
「おお、頼もしい心意気だ。ぜひ同行してもらおう。いいだろうベノス?」
──ベノスは少し考えこむ。
その姿を見てタウザールは血気に逸るような口ぶりで
「おい、今度は絶対トンズラこいたりしねえ。死んだ2人に誓って。嫌だっつっても付いていくからな!」とまくしたてた。
部屋は静まり、みなベノスが口を開くのを待っている。
「…タウザール、君が同行することに何も問題ない。ただ、これから仲間として行動するにあたって…みんなにも話しておかなければならないことがある」
「…なんだよ。なんか決め事でもあんのか?」
尋ねるタウザールに、ベノスは重い口を開いた。
「……いや、俺の過去についてだ」




