討伐の功労者
リザードマンの群れの討伐から3日後。村の墓地では今回の件で亡くなったトゥーチ、フォークホードをはじめとする村人たちの葬儀が執り行なわれていた。
トゥーチ、フォークホードの母親や兄弟姉妹に仲間のスリッグス、その他犠牲になった村人達の家族のすすり泣きが聞こえる中、村長オーマックとアデットが集まった村人の前で犠牲者を悼む言葉と今後の安全対策について話している。
ベノスとロンボルトは人だかりから少し離れて遠巻きに葬儀を見守っていた。
「タウザールは?」ベノスの問いかけに、
「…いや、きていないようだ。目の前で親友2人が殺されたんだ。ショックも大きいだろう。それに、村の人たちの間ではタウザールがみんなを放って逃げ出したと噂が広まっているらしい。これまでの村での粗暴な振る舞いもあるからな…しばらくは姿を見せないかも」
とロンボルトは静かに答えた。
「タウザールに家族は?」
「姉がひとり。数年前、土砂崩れで父親を失ったあと、母親はタウザール達を置いて村を出て故郷に帰った。それ以降は二人で暮らしてるよ。」
「そうか…」
ベノスは何か考えるように葬儀の様子を見つめていた。
諸々のスピーチのあと、オーマックから今夜村の大広場で犠牲者を弔う酒席を設けるとアナウンスが行われた。
この辺りでは、葬儀後の恒例のことらしい。犠牲者も多いので今回は見送ろうとオーマックは考えていたようだが遺族からいつものように死者をおくりたいとの要望があったようだ。
──葬儀が終わり数時間後。タウザールは家で酒瓶を手にぼんやりと窓の外を眺めていた。死んだ2人の悪友のこと、逃げ出してきた時の村人達の目。もう何も考えたくはなかった。
そこへ姉ステアがタウザールの部屋に入ってきた。
「アンタなんで葬儀来なかったの。ショックなのはわかるけど最期くらいちゃんとおくってやんな」
タウザールは何も答えない。
「…アンタが仲間おいて逃げたって村の人たち思ってて、葬儀でもみんなから冷たい目で見られたよ。そうでなくても前からアンタのせいでみんなからチクチク言われてたし。フィランとの結婚も今回のことで多分なくなった。…姉ちゃん、もう村出るからね。これからは1人でなんとかしな」
冷たく言い放ち部屋をあとにするステアに
「…知るかバーカ」と小声で返すタウザール。
しばらくすると、階下からなにやら声が聞こえる。
ステアが誰かと話しているようだ。話声がやむと静かに階段を登る音が聞こえ、部屋のドアが開いた。タウザールはイライラして、まだなんかあんのかよクソアネキ!と怒鳴ろうとすると、そこには思いもよらない人物が立っていた。
日も落ち、村の広場ではしめやかに酒席が行われ始めた。
亡くなった者達との思い出話をしながら、集まった村人が思い思いに過ごす中、突然大きい声でベノスが呼びかける。
「みんなー!すまんが少し話しをさせてくれ!」
傍にはベノスに力ずくでここまで引きずり連れてこられたタウザールがいた。
タウザールの家を訪れたベノスは「行くぞ。みんなの前にな」それだけ告げると必死で抵抗するタウザールの首を掴み家から引きずり出した。途中、タウザールは何度も大暴れし掴み合いになったがベノスには全く敵わず結局ここまで連れてこられたのだ。部屋着のまま。
衣服は乱れ、タウザールを引きずるベノスになんだなんだと注目が集まる。
「今回のリザードマン討伐の件について、誤解をしている者がいると聞いた。それについて話しておきたい!」
タウザールは覚悟した。みんな半信半疑だった逃げ出したことをベノスは暴露する気だ。もうおしまいだと。
「まず言っておきたいが、今回の討伐作戦はアデット、ロンボルト、亡くなったトゥーチとフォークホード、そしてここにいるタウザールがいてこそ成しえることができた!」
会場の隅で恋人のフィランと驚きの表情でベノスに注目するステア。
「トゥーチ、フォークホード、タウザールは村を守るため勇敢に作戦参加を志願してくれた。そして作戦に支障が出た時、村に戻って救援と避難を呼びかける危険な役目をかってでてくれた。リザードマンがうろついている森を抜け村に戻る危険かつ重要な役目だ!」
「事実、作戦は予想通りにいかず危うい状況に陥った。だが彼らはそこで俺たちを助けたいという心を抑えて予定通り村へ行く役目を果たしてくれた。この討伐の功労者は間違いなく、もっとも危険な役割を遂行してくれた彼らの3人だ!村のために命をかけてくれたトゥーチ、フォークホード、そしてかけがえのない友を失い、2人の遺族と同じく深い悲しみに沈む勇敢なタウザールに感謝と賞賛を!」
静まりかえる群衆の中、アフは涙を浮かべながら真っ先に大きく拍手をする。続いてスリッグス、アデット、ロンボルト。
大きな歓声と拍手が村中に響き渡る。
立派じゃないかー!見直したぞタウザール!と口々に声をあげる村の者達。
タウザールはうなだれたまま人目も憚らず号泣している。
歓声の中、小さく「…違うんだ…俺は…俺は…」とつぶやく。
本当は違うじゃねぇか。さっさと逃げだしただろう。友達が殺されて仇を討とうともせず恐れをなして。こんなことされてどうすりゃいいんだよ…。と思いが交錯し泣き続けるタウザールに、ベノスは彼にだけ聞こえる小声で
「ここからやり直せばいいさ。次は逃げずにな。」
と言うと肩をポンと叩き、テーブルのグラスをとって、酒をぐいっと一気に飲み干す。
泣くタウザールのそばにきた姉ステアは、無言でタウザールの頭をくしゃくしゃとなでた。ステアの恋人のフィランも部屋着姿のタウザールに自分の上着を着せる。そばに走り寄ってきたスリッグスはおんおんと声をあげタウザールよりも大泣きしており、みんなの笑いを誘った。
その姿に会場が温かい空気に包まれる中、ベノスはそっと人の輪から離れた。同じく離れた所にいたロンボルトに、
「これで心配ないだろう」とニヤッと笑うベノスに
「全く素晴らしい人物だな、キミというやつは。」とロンボルトは微笑み返した。
ベノスはロンボルトに相談をもちかける。
「どこか別の国で、俺の剣の腕が活かせそうな場所はないか?」




