雨の中の死合い
日が昇りだした早朝、雨模様だが周囲はとりあえず目視できる。
ベノスは以前アデット、ロンボルトと訪れた山の中腹のリザードマンの根城を確認できるポイントに到着。
望遠鏡を覗くとリザードマンの群れが見える。巨大なリザードマンのほか、タウザールが遭遇したと思われる目を負傷した個体と他2匹で現在計4匹。山や川で捕まえて来たであろう鹿や魚を貪り食っていた。
それにしても大人しい。恐らくベノスやタウザールを襲撃した際に思わぬ反撃を受け、人間を襲うことにかなり慎重になっていると思われる。このまま去ってくれることをわずかに期待したベノスだったが、また別の地で人間を襲う事を考えるとやはりここで始末すべきかと考え直した。
3、4時間が経ち、辺りはすっかり明るい。眠りにつく個体、うろうろと何処かへ向かう個体。ただ巨大な個体は傷の回復をはかっているのか、食事と体に薬草をすり込む時以外ほとんど動かなかった。
長時間観察していると個体の見分けがつくようになってきた。巨大な個体、目を片方失い眼帯のように蔦で薬草を固定した個体、他の者より少し小柄な個体、どこかで奪ってきたであろう胸当てを身につけた個体。
夜明けから観察し約8時間ほど、根城を出入りするのはこの4匹だけだった。これで全部のようだが…いやまだ根城には帰って来ていない者がいるかもしれない。
巨大な個体以外が盛んに出入りするを見ていると、もし村の人間を捕まえて戻ってきたら…とてもじゃ無いが冷静に観察していられないなとベノスは考えていた。
役目に徹しきることができないところは、ベノスがまだ多感な10代であることを証明していた。
そこからさらに1、2時間。ベノスは見切りをつけ、群れが本格的動き出す前に村へ戻り準備を進めようと山を降りた。
雨の中、極力林の中の、木の影から影へ身を潜めつつ村へと戻るベノス。
雨音にまぎれ、草をかき分け近づく音。
…来たな。
静かに剣を抜き周囲を警戒するベノス。
(去り際に群れを確認した時は全部で4匹。全速力で根城をスタートしたとしてもここまでは到底辿り着けない。…クソ、やはりもっと観測しておくべきだった…!)
近づく音は数メートル先で止んだ。周囲を見渡すが姿は見えない。全神経を研ぎ澄まし音を探る…。
上か!
横に身をかわし、真上から襲ってきたリザードマンの攻撃をすんでのところで回避したベノス。
長剣を持った細身のリザードマンだ。先ほどまでの観測では群れの中にはいなかった。長剣をしなやかに操りベノスを追撃してくる。騎士団少年部での訓練で正規騎士の剣術を何度も見てきたが、こんなに素早く自在に攻撃を繰り出す者は見たことがない。
しかしベノスも攻撃を剣でいなし、紙一重で回避しながら斬撃を繰り出す。一瞬でも気をぬけば即座に命を落とす剣術戦。ベノスは味わったことのない緊張感に何故か笑みを浮かべていた。
(凄まじい太刀筋。だが…敵わない相手ではない!)
袈裟斬りがリザードマンの肩から胸を裂く。しかし足場が悪く、斬撃は浅かった。
細身のリザードマンはよろめきながら剣を構え直す。一瞬睨み合いが続いたが、リザードマンは警戒しつつ後退。距離をとったところで逃走していった。
ベノスも追うことはしなかった。仲間をなんらかの合図で呼ばれたら流石に危険だ。それに、ひとつ収穫があった。
巨大な個体以外は普通に斬れる。しっかりと踏み込んで斬りかかれていれば間違いなく両断できていたと確信した。
ベノスは早足で村へ戻る。だが道中、体にいくつかの小さな斬り傷を負っていることに気づいた。
「あちらも、敵わない相手ではないと思ったかもしれんな」
ベノスは今やり合った細身のリザードマンに脅威を感じながら、自身が身につけた剣技や戦闘勘が、明らかな強者にも充分通用するものだったことに小さな喜びを感じていた。




