地下室での妙案
炎に巻かれながらも逃げ仰せ、ベノスの剣の腕では大した手傷を負わせることは出来なかった。あの巨大なリザードマンを撃ち倒すイメージが全くわかないベノス。ロンボルトに連れられ、以前鉄砲の試し撃ちをした実験小屋の村外れにやってきた。
小屋の中は狭く半ば物置きと化していた。よく分からない何かの部品に奇妙なオブジェ。ロンボルトの趣味だろうか?
「こっちへ」
床の木板の一部をひっくり返すと階段が現れた。階段を降りた先には重々しい鉄の扉。錠前を外し中に入ると意外にも広々とした空間が広がる。中は頑丈そうなレンガの壁、棚には沢山の書物がならび、中央の机には以前見た鉄砲や異国の武器、何かの設計図が所狭しと置かれていた。
「すごい地下室だな。もともと村の施設かなにかか?」
「いいや、8年近くかけてひとりで作った。上の小屋は村共用の物置きだったが、何十年も使われてなかったんで村長から譲りうけたんだ。この地下はきちんと建築を勉強して作ったからな、村のその辺の家屋よりよっぽど頑丈だぞ。ま、それはともかく」
ロンボルトは適当に自慢すると本題にはいる。
「君の話だと剣ではあまりダメージが通らなかったんだったな。炎でもさして重傷はおっていないようだった。薬草使って自身で手当てできるくらいだからな。リザードマンの身体能力を考えたら、弓矢や投石といった遠距離攻撃もあまり有効とは思えない。そもそも矢が表皮を貫かないだろう。タウザールがうまく目に矢を命中させて逃げられたらしいが、次は絶対警戒してくる。射手を特定されたらあっという間に距離を詰められて襲われるぞ。それにやつらも遠距離攻撃してくるんだろう?」
ベノスは先日の夜道の襲撃を思い出す。
「投石か」
「木を穿つほどだからな、普通に手で投げたのではない。おそらくスリングでの投石だ。どこでおぼえたのか知らんが。」
「ともかく、動きを止めるのが先決だ」
「どうやって?」ベノスはロンボルトに問いかける。
「見ててくれ」ロンボルトは黒い玉ようなものを取り出すと、壁に投げつけた。
玉は壁にあたるとボウンと弾けて粉塵が小さく広がる。
「いわゆる煙幕弾だ。こいつは少しの衝撃で砕け弾けるよう調整したからキャッチして投げ返すことは難しいし、避けられる危険があるなら最初から足元を狙えばいい。で、これにあるものを仕込む。」
「毒でも仕込むのか?」
ベノスに対しニヤリとしてロンボルトは答えた。
「おしいっ。料理に使ったりする辛味成分のある植物の粉末だ。視界と呼吸は確実に奪えるし、手に入りやすい。」
「ああいったモンスターにも効果は見込めるのか?」
「山深い集落では外壁に吊るしたりしてモンスターや熊・狼よけに用いることもあるそうだ。東方の国の友人の話ではこれで多頭の大蛇を撃退したらしい。念を入れて量を多くするつもりだしな。」
一瞬でも動きが止められれば、ベノスの踏み込みの速さなら通常なら狙いにくい身体の内側、喉などの急所に攻撃が加えられる。
勝算が見えてきた。
「おーい、いるかー」
アデットの声だ。
「地下だー。降りてきてくれー。」
アデットはすでにここのことは知っているようで、ロンボルトは上の小屋のアデットに呼びかけた。
降りてきたアデットにロンボルトは軽く説明する。
「ベノスにも目潰し煙幕の件は話した」
「OK、早速作ろうぜ。」
「そちらは2人に任せる。俺は以前の観測ポイントに行って群れの数や状況を把握してくる」
「ひとりでか?」アデットは平然と言うベノスに聞き返した。
「ああ。敵数が現時点で未知である以上、もう村の外はどこも危険だ。どこでどう出くわすか分からん。だが俺ひとりならなんとか切り抜けられる。とりあえず1日は張り付くつもりだ」
「確かに。俺らが一緒にいってもリザードマンに遭遇した時足手まといになるだけだ」ロンボルトはアデットに言う。
「ムチャだけはするなよ!」
「ああ。…あと、先生がまた倒れた。スリッグスの治療の無理がたたった。しばらくは怪我の治療は応急処置的なものになるから、被害や負傷者が出る前に事を運ぶ必要がある。村長や村の人達にも伝えておいてほしい」
ベノスは診療所でのことを2人に伝えた。
「…わかった。リザードマンの群れの状況が把握でき次第、根城を急襲できるよう準備しておく。」
ロンボルトが返すとベノスも
「よろしく頼む」
と軽く返事をしひとり小屋を出た。すでに辺りは暗く、いつの間にか小雨が降り出していた。
「チッ…このタイミングでか。嫌な予感がする」
そういうと足早に準備のため村へ向かった。




