治療の代償
「?!…どういうことだ?」エンリスの剣幕に驚くベノス。
「キサマラ魔力ヲ持タヌ人間ドモニハワカルマイ。長時間全力デ魔力ヲ放出シ続ケルコトガ、ドレホド危険ナノカ!アフヲ死ナセタイノカ!」
エンリスの話にベノスは言葉を失う。
「…すまん、思いもよらなかった。今すぐ魔法治療をやめさせよう」
「ハッキリ言ッテオクゾ!オレガ守ルノハ、アフダケダ!モシキサマラノセイデ、アフガ命ヲ落トスヨウナコトガアッテミロ…全員ミナ殺シニシテヤル!」
「わかった。少し落ち着け」ベノスは特に恐れる様子もなかった。エンリスがアフを心配するあまり不安から強い言葉を使っていることが明白だったからた。起き上がりすぐさま治療室に向かう。
扉を開けるとアフは疲労困憊の様子で魔法をかけ続けている。
「ベノス、集中できないわ。今は部屋から出て…」
ベノスはアフの手をとって魔法をやめさせる。まだ魔力の残る手は優しく温かい光をほのかに放っていたが、少し触れた肩や腕はまるで死者のように冷たい。
「治療はもうやめるんだ。エンリスが言っていたぞ、魔法の連続使用は命にかかわるほど危険だと」
そばで助手をしていたティアミーはベノスの言葉に心配そうに声をかける。
「やっぱり無理されてたんですね…先生、お願いですから休んで下さい」
「スリッグスの状況は?」ティアミーに訊ねる。
「血管は先生が魔法で修復したので出血の心配はないけど…流れた血液の量が多くて。先生が魔力を注ぎ込むことで失った血液を補っている最中で。運びこまれた時よりは顔色もだいぶマシになってきたと思うけど…」
「峠は越えたと?」ベノスの問いにティアミーはアフの方を見ると
「なんとか…」とアフは弱々しく答えると、力が抜けたように膝から落ちる。咄嗟にアフの身体を支えるベノスとティアミー。アフは意識を失っていた。
「先生の部屋に運ぶぞ。…魔力を使って倒れたことはこれまでも何度かあったか?」
「ううん…この間あなたの治療中に倒れたのを見たのがはじめて。ここでお手伝いし始めて3年目だけど、集中治療が必要な重傷患者が担ぎ込まれて来るなんてほぼないし、先生、もともと治癒魔法自体滅多な事では使わなかったから」
「そうか…」
(俺の治療がキッカケで少し無茶するようになってしまったのかも…)
ベノスは自身がアフの過剰な治療行為の引き鉄になってしまったのかもしれない、と悔やんだ。
(この件が片付いたら、早くここを…)ベノスは決意を固めた。
アフをベッドに寝かせ、ティアミーに告げる。
「しばらく先生には休んでもらう。無理をしようとしたら、エンリスを呼べ。無理にでも寝かしつけてくれるだろ」
「でもエンリス、怖いこと言う割に先生にはからきし弱いからなぁ」
「ふふ、なんだそうなのか?」とベノスは笑って返す。
「すまないがティアミー、診療所のことよろしく頼む」
そう言うと広間に行き、たむろするタウザール達に向かって
「スリッグスは命に別状はない。お前らがここにいても何の役にも立たないから帰ってくれ。というか邪魔になるからケガしてないならここに来るなよ」とすげなく言い放った。
「なにぃ!ダチを心配すんのが無意味だって…」
いきりたったタウザールの胸ぐらを今度はベノスが掴んだ。
「いい加減にしろ。どこまで状況が読めないんだ貴様」
ベノスは凍りつくような目でタウザールを見据える。
「ぐっ…クソが!帰るぜオイ」トゥーチとフォークホードに言うと、3人はブツクサ悪態をつきながら出ていった。
ふぅ…と一息つくと外で様子を伺っていたエンリスに話しかけた。
「先生は休ませた。お前が教えてくれなければ先生の状態に気が付かなかった。礼を言う」
エンリスはフンと鼻を鳴らし、ベノスに背を向けうずくまった。ベノスはふふ、と笑みを浮かべ村に向かった。
エンリスが討伐に加わってくれれば圧倒的な戦力になるはずだが、この調子では先生のそばから、診療所から離れることはないだろう。
残念だが、俺たちでなんとかするしかない。
ベノスは覚悟を決めるものの、あの巨大なリザードマン…手負いとはいえ今の俺の力で倒せるだろうか。剣での攻撃がまるで通らない厚い表皮。何か対策は…。
そんなことを考えながら村のメイン通りまで差し掛かった時、偶然ロンボルトと出くわす。
「ベノスか。丁度いい。リザードマン退治について少し策があるんだ」




