巨大な影
ベノスはアフらと共に村長邸でひらかれた食事会に訪れた。
ディメナード家でも見たことがないような豪華な食事が振るまわれ、楽しいひと時を過ごした。
アフから厳しく止められていたようでベノスの過去に触れる者はいなかった。ただ村長は気になるようでそれとなく話題をふってはその度にアフやアデットからたしなめられていた。
同じ訓練生を殺そうとし、父を殺そうとしたこと。
知ればきっとみんな失望してしまうだろう。つい1ヶ月ほど前のことだ。王都周辺では騎士団内だけでなくディメナード家ででも騒ぎを起こし行方をくらました俺を探しているに違いない。王都へ報告されれば再び投獄されるだろう。
自分はこれからずっとこのことを隠して生きていかなくちゃいけないのか。
賑わう会食のなか、時折り暗い表情を浮かべていた。
食事会も終わり、ベノスは村長からゴブリン退治のお礼にと約束の剣を譲り受けた。確かにただの調度品ではないよく鍛えられた一振りだった。
そしてベノスはアフとともに林の中の小道を通り診療所への帰路についた。
道中ベノスはアフに告げる。
「先生…明日、村を立ちます。」
「そんな急に。もう少しいてもかまわないのよ?」
突然のことに驚くアフ。
「これ以上先生に気苦労はかけられません。早いうちに俺の素性もみんなの知るところになる。迷惑はかけられない」
「…でも、これから行く宛なんて」
「大丈夫です。自分が意外としぶとい人間だとわかりました。たぶんどこでもやっていける」
ベノスは半ば強がるようにアフに言った。
「わかりました…でも、辛くなったらいつでも戻ってきてもいいからね。無理だけはしないように」
「はい。本当にお世話になり…」と言いかけたところで林の奥から何かが近づいてくるのをいち早く察知した。
「先生…何かが。気をつ」林の奥から何かがベノス目掛けて飛来する!
「きゃあ!」アフの悲鳴と同時にそれはベノスの眼前をかすめ後ろの木にめり込んだ。ベノスの頭ほどある大きな石だった。察知し立ち止まらなければ間違いなく死んでいた。
次の瞬間、巨大な影がベノスに飛びかかってきた。
ベノスは即座に村長から譲り受けた剣を抜きつつ後ろにかわしながら斬りつける。
斬りつけられた巨大な影は咆哮しながら後ずさりする。
ベノスとアフは驚愕した。村の平均的な家屋の2階くらいにはゆうに届きそうな巨大なリザードマンだった。
「コイツは…この間のボスゴブリンの比じゃない」
アフの前に庇うように立ち、剣を構える。
「先生、村に戻って安全な場所へ…!」
「こんなの一人で相手するつもり?!無理よ!」
「早く!」ベノスが言うや否や背中に背負っていた手製の槍をもってリザードマンが突撃してくる。
ベノスは槍先を剣でそらしつつ、振り上げた剣で槍を真ん中から叩き切った。
リザードマンは追撃を緩めず巨大な手でベノスに捕まえにかかる。するりとかわしさらに斬撃を加えた。
リザードマンは低く唸り後退したが、この間のゴブリンと同じく表皮が厚く大したダメージがないようだ。
リザードマンは間合いを測るようにゆっくりとベノスの周りをうろつく。
「易々捕食できる相手じゃないとわかっただろう?諦めてケツまくったらどうだ?」
そういうベノスも現状、相手の攻撃をうまく往なせはしても決定的な勝ち筋が見えない。リザードマンも引き下がる様子は全くなかった。
リザードマンの口もとが歪み笑ったような表情にベノスがギョッとした瞬間、リザードマンは地面の土を思い切り蹴り上げる。土埃が舞ったと同時にリザードマンは大きく跳躍。
ベノスの頭の上を越え、狙いをアフに定めた。
「させるか!」投げつけた剣は脇腹に突き刺さる。
リザードマンは空中で身体のコントロールを失い地面に叩きつけられた。しかしすぐさま起き上がり、脇腹の剣を抜いて林の中へ投げ捨てた。先ほど同様、大きなダメージは負っていないようだった。
再びリザードマンの口がニヤリと歪む。
(コイツ、これを狙って…?)
リザードマンは、ゆっくりと二人に近づく。
アフを守るようにリザードマンの前に立ちはだかるベノス。
「先生、ヤツが俺に掴みかかってきたら走って逃げるんだ…!」ベノスはもはや死も覚悟していた。
「大丈夫よ、もうすぐ…!」
その時だった。数キロ先にある診療所の方角から黒い影が凄まじいスピードで現れ、唸り声とともにリザードマンに飛びかかる!
リザードマンは驚いて必死でその影を振り払った。
なんとその影は、診療所の外で飼われていた巨犬エンリスだった。




