迫る脅威
さらに数日が経過し、ようやく歩けるまで回復したベノス。
ティアミーとアフに伴われ、診療所の外へ出た。陽の光が心地よく感じる。診療所の隣には薬草が植えられた小さな畑があった。ふと畑を見回すと、巨大な、大型の馬くらいはあろうかと思われる黒い犬がこちらを見ていた。
「エンリス、こちらベノス。しばらくここにいるからよろしくね」
エンリスと呼ばれる黒い犬はフンと鼻をならし畑のそばに寝そべった。
「ふふ、驚いた?怖い顔してるけどいい子だから。」
ティアミーはベノスに言う。
林の方からドヤドヤと数人の声が聞こえてきた。
「おおーう、先生、こんちは…おっ!その人は?!無事だったかぁ!よかったなぁ!」
どこかで聞き覚えのあるような…ベノスが考えていると
「木こりのブランさんよ。あなたを見つけてここまで運んでくれた」とアフは説明した。
「丁度いいや!アデット、この人だよゴブリン退治してくれたのは!」ブランにそう言われると後ろにいた男がひとりベノスに歩み寄ってきた。
「おお!あなたが!お話は聞いてますよ!私は村長の息子アデット。すぐにでもお会いしたいと思ってたんだ!」
「ああ、ベノスといいます。その前にブランさん、運び出してくれてありがとうございます」丁寧にブランに礼を言うベノス。
「いいっていいって!それより、まだ本調子じゃないとこ悪いがアデットの話をちょっと聞いてもらっちゃくれねえか?」
ブランが豪快に答えたあとアデットは話を切り出す。
「聞き及んでいるかもしれないが、ここ最近ゴブリンどもの群れが畑仕事中の村人や、商いで村を行き来する人を襲ったりと困っていて…大怪我させられた人も出始めたから、連れ去られたり最悪死人が出る前に私が王都まで出かけて退治してくれるような人間はいないか募ったんですよ。
…ただゴブリン相手にこんなとこまで来てくれるような人は見つからなくて。気を落として帰ってきたらすでにあなたが大量に倒した後で。おかげでひと安心と思ってたんですが…」
「まだ、残りが?」ベノスが聞き返す。
「ええ、どうやら山深いところに拠点をつくっているらしくまだ相当な数残っているようなんです」
「あれだけ倒してまだそんなにいるのか」ベノスは少し驚いた。
「別の所で住処を追われてこの辺りに流れ着いてきたらしいんですよ。他の地域の群れも取り込みながら。
──で、昨日。商人の馬車が襲われて殺されました。積荷は中古の剣や槍などの武器だったようです。」
それを聞いたアフとティアミーの顔色が変わる。
「恐ろしい被害が出る前に、こちらから拠点を急襲しようと考えています。どうかお力添えを」
アデットの頼みにアフがすぐさま口をはさむ。
「アデット!それはさすがにムチャよ。昨日今日立ち上がれるようになったばかりよ?!またそんな危険な…」
アデットはアフが言い終わるのも待たず切り返す。
「かなり切迫した状況なんですよ先生。ブランさんが先日の昼間遠目に見ただけでも50近い数がいたらしい。あれが例えば夜中、奪った武器で武装して襲撃してきたら…大袈裟じゃなく村は全滅だ。そしてそれは明日、今夜かもしれない。」
「…やりますよ。問題ない。」ベノスは冷静を装って答えた。
「ベノス?!ダメです!ヤケになる様なことはよして!」
怒気をはらんだ言葉にベノスは静かに微笑んだ。
「勝算はあります。正直なところあの夜よりはだいぶマシなコンディションだ。ゴブリンどもの集団戦法や動きも完全に見切った。あの夜の倍の数程度なら簡単ですよ。」
自信ありげなベノスにアフは
「何言うの?死にかけたのよあなた」
と強い口調で言い放つ。
「先生、俺に触れてみてくれ。あなたなら俺がヤケにも捨て鉢にもなっていないとわかるだろう?必ず一掃して無事に帰ってくるから。それに、俺がゴブリンどもをたくさん斬り捨てたせいで奴らも凶暴な手段を取り始めたかも知れない。
…ここで戦わないと、俺は先生やティアミー、ブランさんに助けられた恩をかえせない」
不安に満ちた顔でベノスを見つめるアフ。
「そんなもの、返す必要なんて…」
「返させてくれ。やり直したいんだ。何もかも。」
ベノスの強い意志にアフは返す言葉がなかった。
「アデットさん、作戦は?」
「あなたさえよければ、すぐにでも立てる
あと、アデットと呼んでくれていい」
「ではそうしよう。オレもベノスでいい。
ブランさん、俺を見つけた時、剣をにぎっていなかったか?」
ブランは背負っている荷物から長い包みを取り出す。
「ああ、預かってピカピカに研いでおいたよ!鞘がなかったからその辺にあったやつにしまったが」
手渡された剣を抜いて確認するベノス。
「途中で折れるかと思ったが案外いい剣だったんだな」
妙な感心をするベノスをアフは心配そうに見つめていた。




