治療
ベノスの意識が戻った日の翌朝。
アフと一緒にベノスと同い年くらいの少女が部屋に入ってきた。
「わぁ、良かったぁ!もう死んじゃうんじゃないかって思ってたから…ホント良かったー!」
「あなたの調合した薬がしっかり効いたのよ。これでもう一人前ね。」
「先生の薬学書のおかげですって!調合もすごく時間かかっちゃったし…もっと勉強しないといけないなって思いました。
あ、あたしティアミーっていいます。普段は先生に薬学の勉強をさせてもらってて。ベノスさんの看病のお手伝いしてたんですー」
矢継ぎ早な会話にベノスは戸惑いながらも礼を言う。
「あ、ああ、そうですか。大変世話になりました。感謝します。」
「替えの包帯と薬用意してきますね!」
ティアミーはバタバタと部屋を後にする。
「包帯を外して傷の具合を見ましょうか。」
アフは丁寧に体中の包帯と傷の当て布を外していく。ベノスは自身の身体をあらためて見て少し驚く。
あんなに引き締まっていた筋肉はすっかり落ち、そこら中に刻まれた深い傷。そして何より胸に残る円形の傷跡。ラブロウから受けた魔法の跡だ。
「胸の傷あとはずっと残るかも。長いこと適切な治療や処置はされていなかったみたいだから。
あと、さきに言っておかなければいけないことがあって…」
アフは静かにベノスに告げる。
「それほど強いものではないんだけど私も少し魔法の心得があって。私は主に治癒の魔法なんだけど、治療を行う時に相手に触れるでしょう、その時に相手のこれまでの記憶や体験が意図せず私に流れてくることがあるの」
「…それはつまり、俺の今までのことはご存知ということでしょうか…?」ベノスは少し身を固くした。
「おおよそは…ごめんなさい。盗み見るようなことをしてしまって。誓って他言はしていないから安心して。」
傷にそっと触れたアフの手が温かく光り、痛みを和らげていく。
「いいえ、説明する手間が省けました。
それに俺のような人間にここまで手厚い看護…感謝しています。明日にはここを立ち去ります。」
えっ、と驚くとアフはベノスを諭すように言う。
「まだ動けるような身体ではないでしょう?無理をせずいくらでも居てかまわないのよ。
…憎しみにかられて大変な過ちを犯したけど…それをまた繰り返すような愚か者ではないでしょう?
捨て鉢にならないで。ベノス、あなたなら必ずやり直せるから。
この数日間、あなたの心と記憶に何度も触れて感じたわ。色々な出来事があなたを歪めてしまったけれど、あなたにはきちんと高潔な精神が備わってる。」
ベノスは何も答えなかった。
ただ、後悔や惨めさ、それでも捨てれない高いプライドからくる騎士団やラブロウへの釈然としない思い、父やディメナード家への割り切れない感情。それらが複雑に胸を交差する。
そんな思いに応えるかのようにアフは
「大丈夫よ。あなたなら。」と呟いた。
「お待たせしましたー!包帯とお薬でーす!」
元気よく扉を開けたティアミーに、アフは思わず笑みをこぼした。
挿し絵のキャラクターは右からアフ、ティアミー、エンリスです。




