血みどろの目醒め
モンスターの中では最弱の部類として語られることの多いゴブリン。身体的な強さは人間とさほど変りなく体格も小さいので単体であれば腕っぷしに自信のある成人男性なら撃退は可能だ。
だが状況によってとてつもなく恐ろしいモンスターに変貌することがある。
ひとつは群れをなしたゴブリンと遭遇した場合。知能もそれなりにあるため狩りのような集団戦法をとってくるのだ。
ふたつ、夜に遭遇した場合。身体的な強さは人間と変わらないが夜目が効き敏捷性においては猿のような動物に近い。夜間に遭遇すると非常に厄介だ。
みっつ、生息圏が世界中に広く分布しているゴブリンだが、地域によってかなり生体特性が異なる。群れるもの、単体で生活するもの、高い知能をもっていたり獣同然であったり。
そんな中でも毒をもつゴブリンがいる。厳密にいうと毒ではなく他のモンスターの腐肉や糞便を日常的に口にし、体中に塗りたくることで感染病の原因となる強い毒性を持つ菌を保持しているのだ。
ベノスを取り囲むゴブリンの群れ。わずかに月あかりが差し込む森の中。気を失いそうな悪臭。
見る限り最悪の状況だ。
だがベノスはこの場所に辿り着くまでの無気力、虚無感がウソのように神経が研ぎ澄まされている。
先ほどの人ならざる少女との邂逅。
感じたことのない恐怖心がベノスの生存本能を焚きつけたのかもしれない。心身とも極限状態の中、ベノスは剣を強く握り、姿勢と呼吸を整えた。
ベノスの正面に現れ少しずつ近づいてくる一匹を警戒しながら周りを冷静に観察する。
(ほぼ全員手製の槍や斧、どこかから拾うか奪うかしてきた短剣で武装し、一斉に飛びかかるチャンスを伺っている。正面のやつはオレの気を引くための陽動…。そして最初に来る一匹は…!)
ベノスは背にしていた木の真上から襲ってきたゴブリンを、下段から振り上げる斬撃で真っ二つに両断した。
それを合図に次々と飛びかかってくるゴブリン達。
一刀一殺、わずか数秒の間に連続で屠っていき、ベノスの周りには斬り裂かれたゴブリンの頭や手足、胴体が散らばっている。
「飾りかと思ったが、よく斬れる剣じゃないか」
意外な剣の切れ味に感心しているベノスの左肩に痛みが走る。ゴブリンが槍を投げつけてきたのだ。
「クソが!」
槍を引き抜こうとするベノスを別方向からゴブリンが襲う。腿に噛みつかれ、ヤバい!と感じるや更に別のゴブリンが脇腹に噛みつく。
(冷静に…!まずは噛みついてきた奴らを)
曲芸のような剣捌きで噛みついてきたゴブリンを斬り払い、肩に槍が刺さったまま強く踏み込んで左右正面のゴブリンを一息で撫で斬りにする。
ゴブリンの攻勢は止む気配がない。背や腕に次々と槍や斧が突き刺さり、噛みつきに四方から飛びかかってくる。
ゴブリンの生態を考えると、集団戦法の二手三手目で手も足も出ない相手だと見ればさっさと逃げ出すハズだが、その気配なく襲い来る群れはどう考えてもおかしい。
しかし今のベノスはそこに思い至る精神状態ではなかった。冷静にゴブリンたちの動きを捉えてはいるが奇妙な高揚感から“相手を斬る”以外の思考はうかばなかった。
「来い!
オレの命が尽きるまで、何十匹でも斬り刻んでやる!」
ゴブリンの返り血と自身の出血で全身血塗れのベノス。疲労と悪化する魔法傷、殴られ蹴られ負った打撲。まともな睡眠も食事もとらず肉体はとうに限界を越えているにも関わらずベノスの剣撃は鋭さを増していく。
辺りには足の踏み場もないほどゴブリンの肉塊が散乱している。それでも両者の血みどろの死闘はまだ終わる気配はなかった。
──空も白み始めた早朝。
木こりのブランと息子のオレスは、森の中で前日に目星をつけていたポイントに向かっていた。
ブランとオレスのご機嫌な歌声が朝日の差し込む森に響く。
先を歩いていたブランがあるものを発見し声を上げる。
「ひえぇ!死体の山だぁ!くっせぇえ!
こりゃ何日か前に村のそばまで来てたゴブリンの群れだぞ!オレス、まだ近くにいるかもしんねぇから父ちゃんから離れんじゃねえぞ!」
ブランは斧をしっかりと握り辺りを警戒しながら死体の山を見回す。
「こりゃ20匹以上はいるぞ…一体だれがこんな…他の獣にでも襲われたんか?」
動物の死体など森にいれば見慣れたものだが、オレスは興味本位で死体を棒でつっつく。
「くせぇ〜!おえ〜!
…あっ父ちゃん、人間も死んでる!」
「なにい!もっ、もしかして村の人間じゃ…!」
ブランは慌てて死体に埋もれ倒れた人間を抱き起こす。
「んん?あー…誰だこりゃ?」
意識はない。だが、その顔は妙に満足そうにも見えた。




