魔との邂逅
特に魔法の素養があるわけではないベノスにも、ラブロウが身に纏う魔力が放つ不思議な感覚はなんとなく感じとれた。それはおそらくピットーやジロッサも同様に感じていたハズだ。
馬車から降りてきた、目の前にいるこの少女──
ラブロウの比ではない魔力を持っているのが嫌というほどわかる。ベノスは確信した。
コイツは、人ではない。
根源的な恐怖心を揺さぶられたベノスは一切身動きが取れなかった。
「そんなに怖がらなくてもよくってよ?ウフフ…」
少女はゆっくりベノスに手を伸ばす。
「お待ち下さい、お嬢様。」
馬車からもう一人降りてきた。どうやってそんな小さな馬車に収まっていたんだ?と思うほど大きな、執事のような格好をしたオールバックの男だ。
男はベノスの頭に手をかざす。よく見ると男の眼は蛇やトカゲのような、爬虫類のそれだった。
しばらくすると男は少女にこう言った。
「フフ…残念ですがお嬢様、この者は自身の父を斬りつけ逃げ出したつまらぬ罪人。心はすでに死んだも同然、ここで朽ちていくだけの価値の無い者です。」
「あらぁ、そうなの?お手入れすれば中々キレイになりそうなお顔してたものだからペットにでもしてあげようかしらと思ったんだけど…ゾゴムがそういうならいらないわ。──それではご機嫌よう。いい最期を♪」
少女は軽やかな足取りで馬車に乗った。大男もぎゅうぎゅうと体を馬車に捩じ込んだ。
静かに馬車は走り出すとすぐに見えなくなってしまった。
あたりを包んでいた異様な気配は消え、ベノスの体はうごくようになった。
(早く…逃げないと…!)
すでに馬車は立ち去ったにも関わらず、恐怖のあまり混乱状態のベノスは立ち上がって駆け出そうとする。
その瞬間、強烈な異臭がベノスの鼻をつく。
思わず咳き込み激しくえずいた。
それは、腐肉や糞便の臭気が混ざったこの世で最も不快であろうにおいであった。
「な…なんだ、このにおいは…!」
辺りを見回すと茂みの奥にこちらの動きを窺う沢山の小さな影が見える。1匹、2匹じゃない、ざっと見ただけでも20匹近くはいる。
茂みから出てきた一匹がゆっくり少しずつ近づきながらベノスの動きを凝視している。
ベノスは大量のゴブリンに囲まれていた。




