彷徨う魂
どれくらい暗い森や山中をあてもなく彷徨い続けたのだろうか。
3回ほど夜が明けたと思うが、今のベノスはそれすらいまいちさだかではなかった。
もはや生きる気力はほぼなかったが、無意識に、生存本能がそうさせるのか、川の水を飲み騎士団少年部での行軍演習などの経験から食べれそうな植物や木の実を時折口にして飢えを凌いでどこに向かうでもなくただ歩き続けていた。
人は今際の際に、走馬灯のごとくこれまでの思い出が駆け巡るというがベノスの中では何度も何度もそれらがリフレインしていた。
ディメナード家でのリントンや使用人たちからの優しい言葉と思い出、少年部での優秀なベノスにおくられる賞賛の言葉、メキシオやスラドルとしたバカ話…。
心満たされる思い出がよみがえる一方、ラブロウや父とのことは不思議なほど一切思い浮かんでは来なかった。まるで全て忘れてしまったかの様に。
父ラドーから受けた暴力の傷やラブロウから受けた魔法の傷は全く治っていない。ろくに休息も取らず極度の疲労からより悪化していた。
さっき夜が明けたと思ったが、気がつくと辺りはもう真っ暗だった。
近くの木の根元に腰を下ろす。
なんの感情もない。
ただ楽しかったことだけを思い出しながら目をとじた。ただ、さすがに限界だった。
もう二度と立ち上がることはないかもしれないなと思いながらいつの間にか眠りについていた。
──どれくらい眠っていたのだろう。今まで感じたことのない異様な雰囲気があたりに立ち込めてくるのを感じ、目を覚ました。
(なんだ…この感覚は…?)
すると遠くから馬のヒヅメの音…
いや馬車の音が聞こえてくる。
こんな獣道に馬車が通れるはずが…ベノスは思わず屋敷から持ってきた、父を斬りつけた剣を握りしめて首だけ動かしてあたりを見回した。
なんと、真っ暗闇の中から漆黒の二頭の馬が引く馬車が一台、ゆっくりとこちらに向かってくる。ランプなど一切の灯りをともしていないにも関わらずハッキリと馬車が見えるのだ。
(バカな…幻か?)
ベノスの目の前に横付けされ停止する馬車。よく見るとその馬車は地面に接しておらず宙を浮いていた。御者は目深にフードを被り顔は見えず微動だにしない。
驚きのあまり動けずにいると、中から人が降りてきた。
それはとても美しい、ベノスと同じ年頃のドレス姿の少女だった。
「あらまぁ…。何かと思えば、こんなところに人がいるなんて」
少女は珍しげにベノスを見下ろしていた。




